好きも嫌いも冷静に


「はい、…はい、解ってます。…大丈夫です。
ひっく…だから開けました」

大家さんはスリッパのまま俺に飛び込んで来た。

「ごめんなさい、びっくりしたんです。人の気配みたいなものがすると思って…ひっく、不審者かもと思ったら、ひっく、怖くて…確かめようと覗いたら、美作さんで…そしたら、足が思うように動けなくなって…そしたら、足音みたいな靴が擦れる音がして……帰っちゃうんだと思ったから…ひっく…」

そこまで言って大きく息をした。

「大丈夫ですか?」

俺は背中をゆっくり摩った。

「怖い思いをさせてしまいましたね、…軽率でした。すみませんでした」

大家さんは激しく首を振った。

「ち、違う、違うんです。
確かに美作さんだって解るまでは混乱して怖かったけど…。違うんです。
…会いたかった。…会いたかったんです。
だから、嬉しくて…うわ〜ん」

「あ、ああ、あ、あ、大家さん。先に謝ります、すみません…」

ガバッ。

「あっ…ひっく」

抱きしめた。大家さんがのけ反るほど勢いよくだ。子供のように泣いている姿、愛しくて堪らなかった。こんなに泣かせてしまった。
…思いを…辛くさせてしまった…。

「…美作さん、…会いたかったんです」

腕の中で小さく震えるように呟く大家さんの声が切なかった。
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