ブルームーンな再会
向田晃。一年生の間だけ同じサークルで活動した同期生だ。穏やかな物腰であまり目立たない、ごくごく地味で普通の大学生……だったはずの彼が、上品な藍色の紬を着こなして優雅に立っている。
長く伸ばした真っ直ぐで艶やかな黒髪を、鮮やかな藤色の組紐でひとつに束ねた様子が美しい。ぽかん、と間抜けに口を開けた私に、彼も驚いたように目を丸くした。
「あれっ、横谷さん?」
懐かしさを含ませた笑みに、かあぁっ、と頬に血がのぼる。
(し、し、しまったあああぁぁぁぁ!!!)
思わず名を呼んでしまったが、だめだこれはマズい相手だった。彼からは一度告白されている。そして振っている。
理由は「そんな風には見れない」から。自分で言うのもアレだが、私は非常に面食いなのだ。当時彼とは友人としてそれなりに仲が良かったが、私の想う相手は別にいた。
半端に気を持たせてしまったのかと気まずい思いをしていたところ、アルバイトの都合か何かで彼がサークルを辞めた。申し訳ないながら、少しほっとしたのを覚えている。
その後自分が玉砕したこともあって、大学時代屈指の黒歴史のひとつだ。
「久しぶりだね。ビックリしたよ」
そりゃそうだろう。私も死ぬほど驚いた。
「う、うん……」
ぐらぐらと動揺したまま何とか頷く。隣からの上司の視線が痛い。どうしよう、これはもう次の仕事を探すべきかもしれない。そう、既に逃げ出す算段を始めた私の前で、向田君が上司に言った。
「兼廣さん、さきほど月代さんが庭のほうで探しておいででしたよ。行って差し上げてください」
にっこりと笑う様子は非常に貫禄があって、命令し慣れているのが良く分かる。それにはい、と頷いた上司が私を手招いた。
「かしこまりました。では――横谷さん、こちらの土蔵だけ案内しますから、あとは明日にしましょう」
そう言われて、廊下の先を曲がってすぐの、土蔵の入り口まで引っ張り込まれる。向田君の視界から外れた瞬間に耳打ちされた。
「晃様は諸事情あって一時期母方の姓を名乗っておいででしたが、鳴神家の継嗣でいらっしゃいます。くれぐれも失礼のないように」
それだけ言って、上司は私のもとを離れる。廊下に戻り向田君に一礼すると、さっさとどこかへ消えてしまった。放心気味の私が戸惑っていると、さやさやと足袋が廊下を擦る音が近づいて来て、向田君が顔を覗かせた。