最後の賭け
 慣れって怖いものだ。

 繰り返される賞賛の言葉に、そのうち違和感がなくなり、今では甘美な囁きに聞こえてくるようになった。

 いつものように居酒屋でくだを巻きながら飲んだあと、終電間際の電車に飛び乗り、二駅。真依子のアパートへユウジと二人で帰る。 

 そこそこの給料を手にしている真依子からすると、一般的には少し小さめな住処かもしれない。真依子よりユウジのほうが使い慣れたキッチン。

 隣の八畳の部屋にベッドと小さなテーブルが一つ。

 幼い頃から自分の部屋が与えられなかった真依子にとっては、これでも十分な広さと満足いく寝床だった。

 それでもユウジがこの部屋に来ることが多くなってからは、少し変わった。

 彼の着替えが置けるスペースを作ったり、歯ブラシが二本になったり。

 なにより料理上手な彼が、キッチンのスペースに食器やら調味料やら来るたびに新しく並べていくのが、楽しみになっていた。

 隣で静かに寝息を立てているユウジを見つめる。

 毛先が柔らかくカールしている髪。真依子より長いんじゃないかと思われるまつ毛に、小さな唇。

 彼の笑顔も好きだが、この寝顔も大好きだった。

 付き合って、もうすぐ一年がたつ。三十二歳の真依子より四つ年下のユウジとは、職場の薬局で知り合った。
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