君に贈るエピローグ
修学旅行4
翌日の朝は、前夜の興奮で皆眠れなかったのか、目をこすりながら朝食会場へ集まってくる生徒が殆んどだった。
軽めの朝食を済ませると、バスでホテルを出発した。二日目は大沼、ニセコを経由して札幌へ入る予定だ。天気も快晴で、皆、気分は上々だった。私はバスの中で、昨夜、明彦から貰った指輪をずっと眺めていた。
先ずは大沼公園へ行き、湖や駒ケ岳を見て大自然を満喫した。
「なぁ、いかすみソフトだって!俺、食うけど、いる人ー?」
食べ物の事となると、やはり輝だ。六人でいかすみソフトを食べる事になった。
「ねぇ、凛子。口の周り真っ黒だよ!」
「嫌だ、本当に?」
結衣にそう言われ、私は慌ててハンカチで口元を拭った。
「うっそーん!」
「もう、結衣ったら。許さないから!」
私は逃げる結衣を笑って追い掛けた。

ニセコに到着すると、ここからはジャムやアイスクリーム作り、乗馬、釣り、乳搾りなどのコース別の体験学習となった。
私と結衣、博美の三人はまずジャム作りを体験した。始めに苺のへたを包丁で取ってから、ペーパータオルでひとつずつ丁寧に水滴を拭き取る。グラニュー糖を敷いた鍋の底に苺をまんべんなく並べ、更にグラニュー糖をまぶす。この作業を何度か繰り返し、最後にレモン汁を加えて火に掛け、それにラップをして何時間か置いておくのだ。
その間に、先に釣りをしていた明彦達と合流し、私達はそれぞれのカップルに分かれ、乗馬を楽しんだ。
「凛子、しっかり掴まれよ」
「うん」
先ずは専門の指導員が付いて、ゆっくりと歩く練習からだ。明彦は飲み込みが早く、直ぐに少しコースを走れるようになった。
「きゃっ!明彦、あんまりスピード出さないで」
「ほら、前を向いてみろよ、羊蹄山がきれいだぞ!」
そんな私達の姿を純也が写真に収めた。
「明彦、上手いな」
「俺、東京にいた時、数ヶ月だけど、乗馬学校へ通っていたことがあるんだ」
「山口君、かっこいい!」
博美が純也の後ろで叫ぶ。
「ジャムはどう?上手くできそう?」
「さぁ、できあがってみないと分からないわ」

次に私達は牛の乳搾りに挑戦した。指導員に絞り方を教わりながら、私は恐る恐る牛の乳に触れた。
「温かくて、柔らかい」
「凛子、こっち向いて!」
明彦が乳搾りをする私の姿を撮った。
「はい、これ。飲んでみて」
小さなカップに搾りたての牛乳が、なみなみと入っている。
「美味い!」
「濃厚で美味しい。明彦もやればいいのに」
「いや、男としては遠慮しておく」
隣では輝が手際良く乳搾りをしている。
純也がそんな輝を見て声を掛けた。
「輝、上手いなぁ」
「まぁね」
「もう、輝ったら、調子に乗り過ぎ!」
「いてっ!」
またもや傍にいた結衣が輝の頭を叩き笑が起きた。ちょうどその時、牛舎に息を切らせた柴田先生が飛び込んできた。
「小川、ちょっといいか…」
「はい?」
私は先生に呼ばれ、体験センターの事務所まで、連れて行かれた。
「先生、どうかしたんですか?」
「お母さんから、連絡が入っている」
「母から電話ですか?」
「お父さんが危篤だそうだ」
「父が危篤?」
私は直ぐに受話器を取った。
受話器の向こうから、母の啜り泣く声が聞こえた。
「凛子!あの人、パパが危篤なの。直ぐにこっちへ戻れる?」
「お父さんが危篤って、お母さん、それ本当なの?」
「ええ。とにかく早く戻ってきて!」
「うん、分かった。何処へ行ったらいいの?」
「東京の慶応病院。こっちに着いたら、ママの携帯に電話して」
「分かった、直ぐに戻るから」
私は受話器を置いた。
「小川、大丈夫か?」
「はい…」
先週会ったばかりの父の顔が思い浮かび、電話を切った後も信じられず、私はその場に佇んだ。
その時、明彦が事務所に駆け込んできた。
「先生、何かあったんですか?」
「小川のお父さんが危篤でな。今から直ぐに、東京へ戻る」
「えっ?危篤って。凛子、先週、会ったばかりじゃないか?何があったか、聞いたか?」
「聞いてない…私、直ぐに戻らなくちゃ」
「俺も付いて行くよ。先生、僕も凛子に付いて行きます」
「明彦、大丈夫だから。私ひとりで帰れるから、明彦は旅行を続けて」
「山口、そういう訳だから、先生が空港まで付いて行く」
「先生、僕も凛子と一緒に、東京へ戻ります」
「駄目だ。みんなの行動を乱すようなことはするな」
「それじゃあ、せめて空港まで行かせて下さい。お願いします!」
「分かった。じゃあ、空港までだぞ」
柴田先生は直ぐに3Bの生徒を集め、事情を説明した。隣のクラスの先生に生徒達を任せると、私と明彦を連れタクシーで、新千歳空港まで向かった。

タクシーの中で先生は助手席に座り、私は明彦と後部座席に座った。車中、明彦は私の手をずっと握り締めていてくれた。
私は車窓から流れる北の大地を眺め、先週、父と会った時の事を考えていた。
久しぶりに会った父はだいぶ痩せていた。
六年間、何の音沙汰も無かったのに、私達全員にプレゼントまで用意していた。
私はあの晩、父の手紙を読んでいた母の様子がおかしかった事を思い出した。
母は何か知っていたのだろうか?
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