君に贈るエピローグ
友との再会
2009年12月24日

二ヶ月後の十二月二十四日、いよいよ結衣の結婚式当日を迎えた。
昨夜は妙に気分が高揚しほとんど眠れなかった。普段アルコールはほとんど飲まないが、昨夜は久しぶりに母と色々な話をしながら、ビールの缶を何本か開けた。その後、何年か振りのネイルを爪に施し、酔いを覚ましてから床に就いた。

今朝はいつもと同じ六時には目が覚めた。私は昨夜のアルコールが少し残った頭で階下へ降り、冷たい水で顔を洗った。軽い朝食を済ませ部屋に戻ると、さっそく今日のために新しく購入した、ピンクベージュのサテンのパンツスーツに着替えた。首には同じ色のシフォンのストールを巻き、淡いピンクのバラのコサージュを飾った。いつもより少し念入りに化粧をし、最後にプラチナのイヤリングを耳にぶら下げると、コートを羽織り家を出た。
大通りに出てタクシーを拾い、私は会場へと向かった。途中、車窓を流れる景色を眺めながら、私は十歳のクリスマスイブを思い出していた。

会場の正面玄関でタクシーを降りると、私は逸る気持ちを抑えながら、結衣の控え室へ向かった。控え室の前で一呼吸おき、ノックをしてからそっと扉を開けた。
「凛子!」
「結衣…久しぶり」
結衣は既に着付けを終えた姿で、着物の裾を抑えながら、小走りに私のもとへとやってきた。
八年振りに見る友の姿は何とも華々しく艶やかで、私の知っている彼女の中で最も美しく光輝いていた。
「凛子、元気にしてたの?全然メールも連絡もくれないから、あたし達この八年、いつも凛子の事を心配してたんだよ。ずっと会いたかったんだから…」
そう言って、結衣は目に涙を浮かべながら私に抱き付いた。
「結衣、私も会いたかった…八年もの間、心配掛けてごめん。今日は本当におめでとう」
私達はこうして八年振りの再会を果たし、固く抱き合いながら互いに涙を流した。
「結衣、そんなに泣いたら、せっかくのメイクが台無しよ」
「うん。でも、本当に会えて嬉しい。凛子、髪の毛ショートにしたんだね。何だかずいぶん大人っぽくなった」
ちょうど控え室に居合わせた袴姿の輝も、私に駆け寄ってくるなり抱き付いてきた。
「凛子ちゃん、元気だったのかよー!」
「結衣と輝君、改めて本日はご結婚おめでとう。今日は腕を振るって、会場を花でいっぱいに飾らせて貰うわ」
私は両家の両親と親族にもお祝いの言葉を掛けた。
「結衣と輝君、やっぱり一番最初に結婚したわね」
「ううん。一番最初に結婚したのは朋子なんだよ」
「そうなの?」
「そう、今ではもう二児の母!」
「今日はみんなにも会えるよ!美奈子ちゃんの席もちゃんと用意しているんだ。みんなも、凛子ちゃんに物凄く会いたがってる」
「そう…」
「うん。今日は同窓会みたいになるぞ!」
「ねぇ、凛子、久しぶりに一緒に写真撮ろうよ!」
私は和装姿のふたりに挟まれ、結衣の母に写真を撮って貰った。
「結衣も輝君も、今日は一日長いんだから座って」
「うん。凛子と写真撮ったのって、修学旅行以来かぁ…」
「そうね、修学旅行、楽しかったな…何だか懐かしい」
「凛子、いかすみソフトのこと憶えてる?」
「いかすみソフト?」
「ほら、二日目の大沼公園で、みんなでいかすみのソフトクリームを食べたじゃない!それであたしが、凛子の口の回りが真っ黒だよって言ったら、凛子怒ってあたしを追い掛けたでしょう?」
「ああ、そういえばそんなこともあったわね
今思えばあの頃はまだみんな無邪気で、子供みたいだった。あれからもう八年も経つのね。とっても不思議。結衣のお腹の中に、輝君との赤ちゃんがいるなんて。ねぇ、結衣、お腹触らせて貰ってもいい?」
「勿論よ!これ、エコー写真」
結衣が渡してくれた白黒のエコー写真には、はっきりとした子供の形が写っていた。私はその写真を見て胸が痛んだ。
「そう、このお腹の中にふたりの赤ちゃんがいるのね。よしよし、元気に育つのよ」
私は結衣のお腹をそっとさすった。
「今日は山口君にも会えるね」
「あのね、結衣…その事なんだけれど、今日の披露宴は、陰からそっと見守らせて貰おうと思うの」
「えっ、凛子ちゃん、披露宴出ないつもりなの?」
「ええ…陰からみんなの元気な姿を見られればいいかな…って」
「どうして、凛子?」
「八年前、突然あんな形でみんなと別れちゃったでしょう。とても申し訳なくて、まだみんなと会う勇気がないの。特に、明彦とは」
「明彦から、今日こそは凛子ちゃんとやっと会えるって、メールがきたんだぞ」
「そうなの、でも…」
「でもって何よ。今日は凛子だって、山口君やみんなに会いたいからきてくれたんでしょう?」
「まぁまぁ、結衣、私の事はどうでもいいから。式は何時からなの?」
「十時から」
「じゃあ、あと一時間じゃない。色々、準備もあるでしょう?私は会場へ行って、装花とブーケ作りをしなくちゃ」
「凛子、本当に有難う。じゃあ、頼むわね」
「うん、任せておいて!ふたりとも式頑張って。また後で」
そう言って、控え室を出ると私は披露宴会場に向かった。

披露宴は四時からの予定だ。それまでに会場を花でいっぱいに飾り、ブーケとブートニアを作らなければならない。
本館の金鶏の間はかなりの広さだった。私は予め送ってあった花材と道具の箱を開け、さっそく作業に取り掛かった。
会場も結衣の持つブーケに合わせ、全体的に淡いピンクのバラで飾る。
まずはふたりが座るメインテーブルの高砂花の飾り付けから始めた。
いつも私が務めるホテルのウエディングでは、これくらいの会場の広さだと、何人かで装花を分担する。今日はそれを全てひとりでやらなければならない。時間との勝負だ。私はふたりのために黙々とメインテーブルに花を飾り付けた。ゲストテーブルは“流し”のスタイルで、長細いテーブルを幾つも縦に配置してある。会場の人がゲストの名前の書かれた札を、席次表を手に確認している。私は明彦の名前の書かれた札を探した。ちょうど中央のテーブルの真ん中辺りに、彼の名前の書かれた札は置かれていた。

『山口明彦様』

私は一瞬手を止めその札をじっと見つめた。八年もの間、一日たりとも忘れた事のない愛おしい人が、今日この席に座る。きっと結衣と輝の取り計らいだろう。隣の席には私の名前が書かれた札が置かれていた。同じテーブルには純也や博美、朋子の名前もあった。柴田先生はメインテーブルに一番近い席だ。美奈子の席も私の隣にちゃんと用意されていた。私はいつも手帳に挟んで持ち歩いている、美奈子とふたりで撮った写真を、テーブルのナフキンの下にそっと忍ばせた。
そうこうしているうちに、会場に大きなウエディングケーキが運び込まれた。私はその周りとナイフにも花を飾り付けた。後はゲストの控え室と結衣と輝のブーケとブートニアだ。私はゲストの控え室に行き、受付やウェルカムボードも花で飾った。そして最後にもう一度会場に戻り、ふたりのために心を込めてブーケとブートニアを作った。全ての作業を終えたのは二時半くらいだった。

私はブーケとブートニアを手に結衣の控え室へと再び向かった。ふたりは既に式を終え、結衣の控え室にいた。互いの左手の薬指には、結婚指輪が眩しく輝いていた。
「式終わったのね、どうだった?」
「緊張した!輝なんかずっと手が震えてるんだもん。わぁっ、ブーケ凄く可愛い!輝、見て」
「本当だ、俺のもちゃんと作ってくれたんだ!凛子ちゃん、さすがプロだなぁ」
「ブーケとブートニアにはちゃんとした意味があるのよ。中世のヨーロッパで、ある男性が野の花を摘んで女性へのプロポーズの時に、その花をプレゼントしたの。女性はイエスの返事としてその花の中から一輪花を抜き取って、男性の上着のボタンホールに挿した。だからブートニアの花は、ブーケに入っている物と同じ種類の花を一輪使うの」
「へぇ、そうなんだ」
「なぁ、会場も見に行こうぜ!」
「うん、行こう!」
輝と結衣がそう言って、私達は三人揃って会場に向かった。
「きゃあー、凄くきれい!これ、凛子がひとりで全部やってくれたの?」
「うん、結衣と輝君の晴れの舞台だもの。心を込めて作らせて貰ったわ」
「有難う、凛子!」
結衣は再び涙ぐみながら私に抱き付いた。
そしていよいよ披露宴の時間が差し迫った。
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