君に贈るエピローグ
秘密の日課2
この頃になると、朋子は明彦への猛烈なアプローチを開始していた。手作りのクッキーをみんなの前であからさまに渡してみたり、帰る方向が同じことから、しばしば明彦を誘っては一緒に帰っている様子だった。そんな朋子に対抗して、美奈子も負けてはいなかった。朋子がクッキーなら、美奈子はマフラーだ。最近手編みの本を山ほど買い込んで、来月のバレンタインデーに向け、マフラーを編み始めていた。休み時間も普段は立ち入り禁止の屋上へ行っては、毎日せっせと編んでいる。私は美奈子との約束を守り、“恋のキューピッド役”にも協力していた。明彦との距離が縮まったことで、美奈子に協力できることも実際に増えて行った。
美奈子が明彦へ贈るマフラーの色を悩んでいた時も、
「山口君って、ベージュとか似合いそうじゃない?」
私はあらかじめ明彦から好きな色を聞き出して、美奈子にアドバイスをした。
美奈子はマフラーが完成に近付く度に、こっそりと私に見せてくれた。
意外にも手先が器用らしく、なかなかの出来になりそうだった。
明彦が転校してから約一ヶ月半が経ち、あっという間にバレンタインデーの前日を迎えた。今朝も美奈子は、始業のベルが鳴るギリギリに教室へ駆け込んできた。
「おはよう、美奈子」
連日、徹夜だったのだろう。美奈子の目は赤く、顔色も良くない。
「おはよう、凛子。ねぇ、大事な話があるんだけど、今夜メールしてもいい?」
「別にいいけど、大事な話って何?帰りじゃ駄目なの?」
「うーん、凛子にどうしても頼みがあるんだ。帰りは博美と優衣も一緒じゃん。だから今夜メールする!」
「うん、分かった」
頼みとは一体何だろう?と、気になりつつも、あえてその場では何も聞かなかった。
その晩、美奈子からメールが届いたのは、風呂から上がり自室のベッドで寝転び、『十二夜』を読んでいる最中だった。
凛子へ
こんばんは。やっとマフラーが完成したよ!ちょうど今、ラッピングをしているところ。ギリギリ明日のバレンタインデーに間に合ったよ。ラブレターも書いちゃった。自分で渡そうかともずいぶん迷ったけど、やっぱり勇気が出なくてさぁ…明日学校へ持って行くから、凛子から山口君に渡して貰えない?美奈子からのお願いです!
美奈子
美奈子らしい可愛い絵文字の入ったメールだった。私はさっそく美奈子に返信をした。
美奈子へ
遂にマフラー編み上がったのね。おめでとう!毎日、一生懸命に編んでたものね。了解!明日の昼休みにでも、山口君に渡してあげるから持ってきて。ラッピング、可愛くね。あと少し頑張って‼︎今夜はちゃんと寝なくちゃ駄目よ。じゃあ、また明日。おやすみ。
凛子
こうして翌日、バレンタイン当日の朝を迎えた。
その日の朝は、私が明彦より先に土手に着いていた。明彦がくるまでにはまだ時間がありそうだったので、私は昨夜読んでいた『十二夜』の続きを読み始めた。
あの頃まだ十歳だった私は、見知らぬ少年に恋をした。
彼はまだあのミトンの手袋を持ってくれているのだろうか?
ページから目を上げると、六年前のクリスマスイブの日を回想した。俄かに胸が熱くなった。
「おはよう!今日は暖かいな」
頭上から明彦の屈託のない声が聞こえた。
明彦は土手を降りてくると、私の右隣りに何時ものように座った。
私は、『十二夜』の表紙を見せた。
「また、『十二夜』か。今まで持ってるなんて、相当そいつのことが好きだったんだな。そいつ幸せ者だな」
「どうなのかな?何処かで元気だといいんだけどな…」
「きっと、元気にしてるさ」
「うん。それより明彦、今日の昼休みって時間ある?」
「何で?」
「ちょっとね…屋上で待ってるから、給食食べ終わったら来て!」
「もしかして、凛子ちゃんからのバレンタインプレゼントとか?」
「違うわよ。くれば分かるから」
「何だよ、気になるじゃないか」
ふたりはこの頃から自然と下の名前で呼び合うようになっていた。
教室で一時間目の物理のノートに目をやっていると、いつもよりだいぶ早くに美奈子が登校してきた。鞄と反対側の手には、いかにもバレンタインといった、派手なピンク色の紙袋を提げている。
「おはよう、美奈子。昨夜も寝てないの?」
「だってぇ、緊張して眠れる訳ないよ」
美奈子は私の腕を引っ張り、窓際まで連れて行くと、紙袋の中身をこっそりと私に見せた。手提げ袋の中にはシルバーの別の袋がきんちゃく結びになっており、その表にリボンと同じピンク色の封筒が、赤いハート型のシールで貼り付けてある。
「可愛いじゃない!」
「凛子、声がデカイってばぁ…」
「上出来よ!山口君、びっくりするんじゃない?」
「凛子、お願い!上手く渡してね」
「分かった、任せておいて!」
私は美奈子に段取りを説明した。
「じゃあ、今説明した通り、昼休みに屋上に呼び出して渡すからね」
「うん」
美奈子は一時間目の授業が始まってからも、落ち着かない様子で、後ろの席でため息ばかりついている。
私は先生に見つからないよう、ノートを一枚破くと、
山口君へ
昼休み、給食が終わったら、必ず屋上へきてください。
小川
と、書いて紙を小さく折り畳んだ。
まるで自分が告白するようで、複雑な気分になった。
私は三時間目と四時間目の休憩中に、トイレに行くふりをして明彦の横を通り、机の上に手紙をさりげなく置いた。明彦は隣の男子、佐川輝と話していたが、私が通るのに気が付くと、怪訝そうな顔で私を見つめた。
美奈子が明彦へ贈るマフラーの色を悩んでいた時も、
「山口君って、ベージュとか似合いそうじゃない?」
私はあらかじめ明彦から好きな色を聞き出して、美奈子にアドバイスをした。
美奈子はマフラーが完成に近付く度に、こっそりと私に見せてくれた。
意外にも手先が器用らしく、なかなかの出来になりそうだった。
明彦が転校してから約一ヶ月半が経ち、あっという間にバレンタインデーの前日を迎えた。今朝も美奈子は、始業のベルが鳴るギリギリに教室へ駆け込んできた。
「おはよう、美奈子」
連日、徹夜だったのだろう。美奈子の目は赤く、顔色も良くない。
「おはよう、凛子。ねぇ、大事な話があるんだけど、今夜メールしてもいい?」
「別にいいけど、大事な話って何?帰りじゃ駄目なの?」
「うーん、凛子にどうしても頼みがあるんだ。帰りは博美と優衣も一緒じゃん。だから今夜メールする!」
「うん、分かった」
頼みとは一体何だろう?と、気になりつつも、あえてその場では何も聞かなかった。
その晩、美奈子からメールが届いたのは、風呂から上がり自室のベッドで寝転び、『十二夜』を読んでいる最中だった。
凛子へ
こんばんは。やっとマフラーが完成したよ!ちょうど今、ラッピングをしているところ。ギリギリ明日のバレンタインデーに間に合ったよ。ラブレターも書いちゃった。自分で渡そうかともずいぶん迷ったけど、やっぱり勇気が出なくてさぁ…明日学校へ持って行くから、凛子から山口君に渡して貰えない?美奈子からのお願いです!
美奈子
美奈子らしい可愛い絵文字の入ったメールだった。私はさっそく美奈子に返信をした。
美奈子へ
遂にマフラー編み上がったのね。おめでとう!毎日、一生懸命に編んでたものね。了解!明日の昼休みにでも、山口君に渡してあげるから持ってきて。ラッピング、可愛くね。あと少し頑張って‼︎今夜はちゃんと寝なくちゃ駄目よ。じゃあ、また明日。おやすみ。
凛子
こうして翌日、バレンタイン当日の朝を迎えた。
その日の朝は、私が明彦より先に土手に着いていた。明彦がくるまでにはまだ時間がありそうだったので、私は昨夜読んでいた『十二夜』の続きを読み始めた。
あの頃まだ十歳だった私は、見知らぬ少年に恋をした。
彼はまだあのミトンの手袋を持ってくれているのだろうか?
ページから目を上げると、六年前のクリスマスイブの日を回想した。俄かに胸が熱くなった。
「おはよう!今日は暖かいな」
頭上から明彦の屈託のない声が聞こえた。
明彦は土手を降りてくると、私の右隣りに何時ものように座った。
私は、『十二夜』の表紙を見せた。
「また、『十二夜』か。今まで持ってるなんて、相当そいつのことが好きだったんだな。そいつ幸せ者だな」
「どうなのかな?何処かで元気だといいんだけどな…」
「きっと、元気にしてるさ」
「うん。それより明彦、今日の昼休みって時間ある?」
「何で?」
「ちょっとね…屋上で待ってるから、給食食べ終わったら来て!」
「もしかして、凛子ちゃんからのバレンタインプレゼントとか?」
「違うわよ。くれば分かるから」
「何だよ、気になるじゃないか」
ふたりはこの頃から自然と下の名前で呼び合うようになっていた。
教室で一時間目の物理のノートに目をやっていると、いつもよりだいぶ早くに美奈子が登校してきた。鞄と反対側の手には、いかにもバレンタインといった、派手なピンク色の紙袋を提げている。
「おはよう、美奈子。昨夜も寝てないの?」
「だってぇ、緊張して眠れる訳ないよ」
美奈子は私の腕を引っ張り、窓際まで連れて行くと、紙袋の中身をこっそりと私に見せた。手提げ袋の中にはシルバーの別の袋がきんちゃく結びになっており、その表にリボンと同じピンク色の封筒が、赤いハート型のシールで貼り付けてある。
「可愛いじゃない!」
「凛子、声がデカイってばぁ…」
「上出来よ!山口君、びっくりするんじゃない?」
「凛子、お願い!上手く渡してね」
「分かった、任せておいて!」
私は美奈子に段取りを説明した。
「じゃあ、今説明した通り、昼休みに屋上に呼び出して渡すからね」
「うん」
美奈子は一時間目の授業が始まってからも、落ち着かない様子で、後ろの席でため息ばかりついている。
私は先生に見つからないよう、ノートを一枚破くと、
山口君へ
昼休み、給食が終わったら、必ず屋上へきてください。
小川
と、書いて紙を小さく折り畳んだ。
まるで自分が告白するようで、複雑な気分になった。
私は三時間目と四時間目の休憩中に、トイレに行くふりをして明彦の横を通り、机の上に手紙をさりげなく置いた。明彦は隣の男子、佐川輝と話していたが、私が通るのに気が付くと、怪訝そうな顔で私を見つめた。