彼は藤娘
「覚えてへんけど。え?じゃ、道に迷ってた外国人を案内してたん?こんな時間まで?」

私の質問に、燈子ちゃんが少しためらってため息をついた。


『道ってゆうより人生に迷ってるみたい。何かほっとけなくて。心配やからつい付き合ってしもた。しばらく京都案内しようかな、って。』


え!?

そこまで?

「燈子ちゃん?つかぬことをお伺いしますが……男?」

恐る恐る聞いてみる。


燈子ちゃんは、少しうわずった声で、それでもきっぱりと言った。

『男。好きみたい、私。』


えええええっ!?

行きずりの外国人旅行者に?

イロイロ言いたいことはあるような気はするのだが、私は驚きすぎて、言葉を飲み込んだ。




夏休みもあと10日足らずとなった土曜日は、午後からコーラスの合同練習だった。

私たちは、午前中から集まり早いランチを取りながら近況報告をしあった。


遙香は、墓所の僧侶の上垣さんにやっと個人認識してもらえるようになったらしい。

挨拶以外にも声をかけてもらえることもあるらしく、その都度、甘酸っぱい初恋状態に戻る、そうだ。

……ほんの数ヶ月前とは別人のように初々しい恋愛じゃないか。


奈津菜は逆に、佐野先生と付き合っているような状態らしい。

微妙な言い回しが気になるが、つまりは一線を越えた、ということらしい。

佐野先生的には生徒に手を出したことがバレるとまずいので、奈津菜の卒業を待つと言われたそうだ。

「早っ!」

お前が言うか?……って感じやけど、遙香の言う通り、展開早~い!

ま、幸せそうなので、いいけど。


私は、ええ、な~んにも進展してませんよ、はい。

ここまで何もないままだと、ちょっと心配になってしまう。

「『意気地なし!』って言うてみれば?」

奈津菜にそうからかわれて、苦笑い。

そんなこと言おうものなら、あとがどれだけ大変か。

彩乃くんは天性のワガママで、自己中心的で、とってもプライドが高い、めんどくさ~い人ねんから。


そして燈子ちゃんは、未だに行きずりの外国人の面倒を見ている。

拙い英語で意思疎通してみれば、彼は怪我で挫折したダンサーだった。

芳澤流のお家元にも連れて来たので私も逢ったけど……白皙の彫刻!

明るい金色の髪に緑色の瞳の、テオさん。


「で、テオさんいつまで日本にいてはるの?」

そう聞くと、燈子ちゃんは複雑そうな顔をした。

「わからん。踊る情熱なくしてはるんよね。」

テオさんは、燈子ちゃんのお姉さんが所持している空家に住みついているようだ。


「燈子ちゃんは、そのテオさんが好きなん?」

まだテオさんを知らない奈津菜が不思議そうに聞く。


燈子ちゃんは、赤くなってうなずいた。

「たぶん。迷子の犬を拾ったつもりが、5分も立たないうちに陥落してた。」


「……クールな燈子ちゃんが……恋する乙女になってる……」

遙香が驚いている。

私も中学からの付き合いだけど、燈子ちゃんのこんな姿は知らなかった。


「4人とも、好きな人、できたねえ……」

去年のお泊まり会の時には想像もしなかった。

たった1年で、変われば変わるもんだ。
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