彼は藤娘
そう言えば、ラインに返事もしてへんわ。
……無視したことになってる……ね……ごめん。

「あ、じゃあ、私、先帰るね。師匠、お先です~。」
燈子ちゃんがそう言ってそそくさと行ってしまった。

彩乃くんはあごを突き出すように会釈した。
偉そうに!
……と怒りたいけど、今は私の立場が弱そうなので、ぐっと飲み込んだ。

「彩乃くん。あの……」
言葉が止まる。

彩乃くんは、私の手を取った。
いつも制服の時は気を遣ってくれるのに、思いっきり正門前で手を握られてるんですけど。
折しも17時半の下校時間。
クラブを終えた生徒が一斉に帰る時間。
さすがに今月はまだ生徒会長なので、これはまずい……。

私は、じりじりと彩乃くんの手から逃れようとした。
すると、彩乃くんは舌打ちして、私を引き寄せて抱きしめた。
……さっきからお行儀悪いなあ……もう……。

ため息をつくと、彩乃くんはさらにぎゅっと私を抱く腕に力を入れた。
「……痛いよ?」

そう言うと、彩乃くんはやっと口を開いた。
「俺の心臓のほうが、痛い。」

はいはい。
私は、彩乃くんの背中をポンポンと軽く叩くような、撫でるような……とにかく理解を示してみた。
「あの、もうちょっと学校から離れてもろていいかな?とりあえず、そこの神社、入ろうか。」

彩乃くんは、慌てて私から離れると
「ごめん。」
と、ばつの悪そうに言った。

……かわいい……。

神社の境内まで行くと、生徒はほとんど通らない。
……と思ったら、弓道部員がぞろぞろ歩いてったけど、まあ、もう大丈夫だろう。

彩乃くんと並んで縁石に座った。
「えーと。ごめんね。携帯、切ってて。でも、来てくれて、ありがとう。」
いつまでもたっても彩乃くんが口を開かないので、私はそう口火を切った。

彩乃くんは、ため息をついて肩をがっくりおとした。
「たった半日連絡が取れへんだけで、こんなにきついと思わんかった……実の父親の気持ちがわかってしまったわ……」

朝、燈子ちゃんが、彩乃くんの私に対する執着心が異常と表現したことを思い出して、冷や汗が出る。
「せやし、ごめんってば。」
頭をぐぃんと下げて、彩乃くんの顔をのぞき込む。

彩乃くんは私の両頬を両手で捕まえてキスした。
いや、キスじゃないな。
唇をハムッと唇で挟まれた。

「あきを喰ってしまいたい。」

……。

やらしい意味じゃなくて、本当に咀嚼されてしまいそう。

もう諦めて、私は目を閉じた。
「……どうぞ。」

彩乃くんはしばらく黙っていたけど、またため息をついた。
「ごめん。俺が悪かった。と、あいつらに言われた。」

微妙な言い回しに、つい笑ってしまう。
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