彼は藤娘
彩乃くん自身は、悪いと思ってないわけね……いいけど。

「いつから考えてたん?外部受験。どこ行きたいの?」
普通に座り直してから、そう聞いた。

「ずっと悩んでた。親父が優しくしてくれるたびに、恩返しがしたいって思ってた。」
「お継父さま?……じゃあ……建築学科?」

彩乃くんが苦笑する。
「ほら。あきは、俺が一を言えば十を推し量ってくれるから、俺、安心して甘えてたんやろな。」

……いや……その甘え方は、危険やな。

「でもその『一』すら言うてくれへんかったやん。わかるわけないもん。ちゃんと言うてよね、そんな大事なこと。」
ぷんっと拗ねるポーズをして見せる。

彩乃くんは私の肩に手を回して自分のほうへと引き寄せた。
「せやし、ごめん、って。」

私は彩乃くんの手に自分の手を重ねた。
「次から、何でも話してね。彩乃くんのことは、私にとって最重要事項やねんから。……で?どこ?建築学科のある大学なら京都にもいくつもあるよね?」

彩乃くんは首を振った。
「いや、どうせならちゃんと師事したい教授のところに行きたい。ゆーても大阪やし家から通えるし。」
大阪……。

一級建築士を取るための科目が取れる大学は、大阪にはピンからキリまで多数ある。
あるけれど、彩乃くんの目指したい大学は、その中で一番偏差値の高い国立大だった。
彩乃くん、あんまり、というより、全く勉強してる様子がないんですけど……
心配になって聞いてみる。

「俺、頭、いいから。」
あっけらかんとそう言う彩乃くん……大丈夫か?

「もし落ちたら、浪人するの?滑り止めの私大も受けて、そっちに行く?」
私がそう聞くと、彩乃くんは頭をかいた。
「挑戦する前から落ちた時の話せんでも。」
そう言われて、私は慌てて「ごめん」と小さく謝った。

彩乃くんは一旦立ち上がって、自動販売機でジュースを買ってきた。
「飲むやろ。」

「何か、こういうシチュエーションも、珍しいね。」
ペットボトルの黒いコーラの蓋を回して緩めてから、私に手渡してくれる彩乃くん。
ちょっとした優しさに、ときめく。

「……あきの好きな、『高校生らしい』か?」
彩乃くんに揶揄されて、ちょっと恥ずかしくなる。
私、彩乃くんという特殊な人を無理矢理型にはめ込もうとしてたのかな。

「ごめんね。義人くんとか彩乃くんとか、冷静に考えると、私とは違う世界に住んではるから。背伸びしてるつもりもないねんけど……」
あ、また余計なこと言った、って途中で気づいた。

彩乃くんは口をへの字にしていた……ああ、しまった……。
「いや、そうじゃなくて。あの……」

私は慌てて手を振ったけど……あきらめてため息をついた。
難しいな。
想いと言葉がうまくかみ合わない。
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