彼は藤娘
彩乃くんはしばらく黙ってたけど、ボソッと言った。
「あきにまだ言うてへんこと、いくつかある。」

なに?

「いつ、どんな風に言うたらいいか、わからんくて……そのままになってた。」
「そうなん?……大学受験以外にもあるの?」

彩乃くんはちょっと逡巡してから、やっと続きを言った。
「俺、芳澤流の家元を継ぐのは義務やと思ってるけど、なるべく早く次に託したい。」

次って……。
「誰か、譲りたい人がいるの?」
どうやら、まぬけな質問をしてしまったらしい。

「誰って、俺とあきの子しかあかんやろ。」
彩乃くんにそう言われて、私は顔から火が出そうになった。
えーと、それって……早く子供が欲しい、という意味でしょうか?

「待って待って。今すぐ子供産んだとしても、その子が成人するまで20年かかるやん!」
「もちろん今すぐは無理やし、プラス5年は見るべきやろな。しかもその間に俺は一級建築士の実務経験を積んで、試験を受けなあかん。自分が二足のわらじを履けるほど器用やとは思ってへんから……あきに迷惑かけてしまう。」

「……。」

すぐには言葉が出ない。
今年1年間の受験勉強期間、大学4年間の話どころじゃない。
25年って、四半世紀だ。

彩乃くんが好き!……って気持ちだけで突っ走れる問題じゃない。

「つまり芳澤流だけじゃなくて、梅宮の会社も背負うんやね。確かに、それは考えてへんかったわ。」
まさか彩乃くんがそこまでお継父さまの会社をも大事に考えてるとは思ってなかった。
でも、小さい頃からずっと事務所を見てきた彩乃くんにとっては、もしかしたら芳澤流より愛着があるのかもしれない。

「今まで言わへんかった理由は?」
私がそう聞くと、彩乃くんは拗ねたような表情になった。

「まず副家元として認められることが大事やったし……一気に何もかんも背負わしたらあきが逃げるかもって思うと怖くて言えんかった。」

きゅんっと甘く胸が疼く。
「……あほやねえ。」
いつも言われてるからか、つい「あほ」という言葉を私も使うようになってることに気づく。

「ずっと黙ってられるほうが傷ついたで?」
ちょっとそう責めると、彩乃くんはしょんぼりした。
「ごめん。」

私は彩乃くんに向き合って、髪についた桜の花びらをとってあげてから、笑顔を作った。
「ほなこの話は一旦終了。他には?いくつかあるんやろ?私に言うてへんこと。」
「あ……いや、それは別にたいしたことじゃないって言うか……」
「たいしたことじゃないなら言うてよ。」
私はちょっと強気でそう言った。
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