彼は藤娘
彩乃くんは、途方に暮れたわんこの顔になっている。
ちょっと溜飲が下がる想いで、私は手を振った。
「おやすみなさい。送ってくれてありがとう。また明日の朝。受験勉強がんばってね。」
そう言って背中を向けて家に入ろうとしたら、背後から抱きしめられてしまった。
「あきのイケズ。……一週間がんばるから……土曜日は俺とずっといてくれる?」
……どうやら、私の黒い気持ちはちゃんと通じてたらしい。
「彩乃くんは土曜日お休みでも、うちは授業があるから半日だけやけどね。」
「……いや……朝まで。」
最後の言葉は耳元で囁かれた。
ひいぃっ!
背筋にぞぞっと震えが走る。
「おやすみ」の言葉を残して、彩乃くんが私を手放す。
そっと振り返ると、彩乃くんも照れくさかったのか何となくギクシャクしてる背中がどんどん小さくなっていく……はは。
マジかなぁ?あれ。
翌朝、何となく彩乃くんの顔を見られなかった。
彩乃くんも伏し目がちで明らかに怪しいと思うのだが、珍しくセルジュも義人くんも何も言わなかった。
……どうやら、気を遣われてるようだ。
当たり障りのない会話をして、電車を降りしなに義人くんが言った。
「あ、そうや。俺も受験することにしたわ。」
え!?
「……必然的に僕もそうなるね。」
セルジュまで!?
ぽかーんとしてるうちに3人は行ってしまった。
同じ車両に残った女子もざわついている。
……あの人ら、主体性がないというか……何というか……。
学校に着くとすぐ、ダンス練習場へ向かった。
昨秋から燈子ちゃんはダンス部に復帰した……踊るほうじゃなくて指導者みたいな立場で。
朝練とたまに放課後、練習を見ていて、けっこう忙しそうだが楽しそうでイキイキしている。
「燈子ちゃ~ん。」
半べそかいて、燈子ちゃんを訪ねる……あ、予鈴鳴った。
一緒に教室へ急ぎつつ、夕べのことや今朝のことを話した。
「イロイロ変革の時、みたいやね……」
燈子ちゃんがため息をついて、続けた。
「さっきうちの顧問に聞いてんけど、佐野先生結婚したらしいで。音楽教師と。」
「はあっ!?」
だって、なっちゅんは!?
……いや、待て。
そういえば、あの日……合同コーラスの発表会の客席で2人が親密に見えた……。
「それも、できちゃった婚。音楽教師は退職。なめてるよな~。」
燈子ちゃんが本気で怒っているのが伝わってきた。