彼は藤娘
友達の無作法にイライラしてると、天使のセルジュが小声で耳打ちした。
「あきらけいこと義人、同じ顔してるよ。」
横を見ると、竹原くんは顔をしかめて、何とも苦々しい表情をしていた。

……なるほど。
私はセルジュに笑顔を返し、竹原くんにも笑顔をキープして「無心」をアピールした。
竹原くんは表情を柔らかくしてうなずいた。

「あれ~、義人やん!」
場をわきまえない呼びかけに、竹原くんが黙って唇に人差し指をあてた。

慌てて黙った女の子に、私は少しホッとする。
遙香も私に気づいて、変な表情になった。

あ~、文句言いたい。
でもとりあえずは、二太郎くんの真似をしてくれてたらいい。
せっかくのお点前とお抹茶、ゆっくり静かに楽しませてほしい……と思ったけど、甘かった。

お菓子の受け取りかた、食べかた、お茶の受け取りかた、飲みかた。
いちいちわからないらしく、家元次男の二太郎くんに聞いては、キャーキャー騒いでる。

彼らが盛り上がれば盛り上がるほど、他の客が微妙な表情で居づらくなっていく。
……この茶室の空気を感じることができないのなら……やっぱり二太郎くんは「あほぼん」だ。

「興醒めだったね。」
お点前の後のご挨拶が済んだ後、天使のセルジュがそうつぶやいた。

「全然落ち着けへんかったな。カフェでも行こか~?」
竹原くんが私にそう聞いた。

「……ううん、もう充分。帰るわ。竹原くん、気ぃ遣ってくれて、ありがとう。」
そう言って立ち上がろうとしたけど、両方から手を引っ張られた。
なんで?

「あきちゃん、両手に花?……義人と知り合いやったんや?」
遙香がドタドタ歩きながらやってきた。

「遙香!畳の縁(へり)、踏んでる!」
ついそう注意すると、遙香は口をとがらせた。

「もう~。踏まれたらあかんもん下にあるんがおかしいねん。義人~。あきちゃん、真面目すぎておもしろくないよ~?みんなで遊びに行こう~?」
遙香の口調に、ちょっと背筋が寒くなった。
はじめて聞く甘えた口調。
男の子の前ではこうなるのか?それとも、竹原くんの前やから?

……何となく、遙香の言ってた目標くんは竹原くんのことなのだろうなと思えた。
でも、遙香……竹原くんは底知れなさすぎ。
遙香とは合わない気がする。
執着すると、しんどそうだよ。

「パス。今日はあきちゃんを案内するって約束して来てもらってるから、お前らと遊ぶ暇ない。てか、作法知らんならお茶会に入ってくんなよ、図々しい。他の客が迷惑してたわ。」
竹原くんの言葉に遙香は傷ついたのだろう。
笑顔を引きつらせて、他のお仲間のところに戻り、これみよがしに騒いでいた。

「私はいいのに。もう帰るし。」
そう言ってみたけど、2人の包囲網は解かれなかった。
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