彼は藤娘
私は涙を流してはいなかったけど、顔と一緒に目も赤く潤ませていたのだろう。
泣いてると思われたみたい。
どうしよう。
とりあえずハンカチを受け取ったものの、私はますます赤くなってしまったと思う。

「睨まんといてーな。俺ら別にあきちゃんを泣かせてへんもん、なあ?」
「ほんとだよ。あきらけいこが純粋培養のお嬢さんだから過敏に反応しただけ。かわいいね。」

2人がそんな風に言うのを聞いて、彩乃くんは不機嫌そうに言った。
「おもちゃじゃないんやから。解放したり。……立てるか?」

最後は、私に手を差し伸べての言葉だった。

きゅーんと心臓が甘く疼く。

私は、やっとの思いでうなずいて、その手に指を置いた。

すっと下から手を握ると、力を入れて私を立たせてくれた彩乃くん。
かっこいい……

ごめん、「美女」撤回する。
ちゃんと男の人の力強さを感じた。

「ありがとう。」
なんとかそう言って、うつむいた。
ダメだ、これ以上見てられない。

「やだな。おもちゃなんてあきらけいこに失礼だよ。友達になったんだ。ね~?」
天使のセルジュに笑顔でそう言われて、私も反射的に頬が緩む。

「友達?」
「ああ。彩乃も、いじめるなよ。すぐ泣くから。」
半笑いで竹原くんがそう付け加えた。

……泣かないし。
ムッとして竹原くんを睨むけど、ウインクを返されてしまった。
何なんだ、この人は。
調子狂うわ。

「彩乃、今日の打ち上げ、出席?」
「いや、欠席。」
「僕も。じゃ、一緒に帰ろうか。」

え?
セルジュは私に向かって、一緒に帰ろうと言った。
それは、彩乃くんも一緒、ということ?

「ほな、そういうことで。俺、片づけと打ち上げ行くわ。あきちゃん、またね。メールする。」
そう言い置いて、竹原くんは去ってった。

おもむろにセルジュが立ち上がる。
「帰ろうか。」

……まだ文化祭真っ只中やけど……自由な人らやなあ。
いや、学校自体が自由なのか。
2人とも、かばんすら持たず、手ぶらだし。
不思議。

すぐそばの地下鉄で南に下って、阪急に乗り換える。
……思った以上に緊張する……いきなり友達付き合いしろって強制されても、やっぱりきついわ。

2人の後ろを歩いていたつもりが、ちょうど来た準急に乗るようにとセルジュに背中を押された。
「え?セルジュは?」
返事を聞く前にドアが閉まった。
窓越しに、セルジュがひらひらと手を振っていた。

……謀られた?

「あいつ、兵庫から通ってるから次の特急に乗るんやろ。」
「兵庫!?遠いっ!」
驚いたけど、そういや同じクラスにも、武庫川から通ってる子もいたなあ、と思いだした。

「彩乃くんはどこまで?」
はじめて本人にそう呼びかけてみた。
「……桂。」
え!?
桂駅って、特急とまるやん!
ほな、セルジュと一緒に特急を待てばよかったんちゃうの?

……あ、ドキドキしてきた。
やばい。
竹原くんとセルジュに煽られたせいで、私、勘違いしてしまいそう。

私はかばんから扇子袋を取り出し、お扇子でパタパタ風を送った。
< 26 / 203 >

この作品をシェア

pagetop