彼は藤娘
燈子ちゃんのお家まで、車だと5分かからなかった。

「ほな、明日の朝も迎えに来るし!」
自転車と燈子ちゃんをおろして、お継父さまが明るくそう言ってくださった。

「そんな……お忙しいのに。あの、大丈夫ですから。」
慌ててそう断る燈子ちゃんに、彩乃くんが言った。

「いや、ほんまにたいしたことちゃうし。ギプス取れるまで親父に甘えといて。俺もそのほうが助かるし。……あき、このままうち来るやろ?」

……そういうことか。

「私はいいけど。でも、お家元でお稽古せんでいいの?」

彩乃くんは、うーんと考えて言った。
「まあ、事情説明したら大丈夫やろ。どうしてもあかなんだら、家元に出向いてもらうわ。」

おいおいおい。


気がつけば、彩乃くんは、お家元に甘えるようになっている……気がする。
たぶん本人は無意識のワガママなんだろうけど。
お家元もまた、彩乃くんが甘えてくれるのがうれしくてしょうがないんだろうな。

でも、さすがに出張稽古までしちゃ甘やかし過ぎ!
……彩乃くんが、ますます「オレサマ」になってくよ~。



翌朝から本当に彩乃くんのお継父さまは、燈子ちゃんを送迎してくれた。

驚いたのは燈子ちゃんのご両親。
昨夜、慌てて菓子折とお礼を包んで彩乃くん家を訪ねたらしい。
彩乃くんのお継父さまは、お菓子だけ受け取ったそうだ。

「あきちゃんの親友やったら身内も同然や、って言ってくださって。豪快なお継父さんやね。」
彩乃くんに伴われてやってきた燈子ちゃんがそう言っていた。

駅のホームで義人くんに燈子ちゃんを紹介すると、義人君くんは目を見張って軽く何度か頷いた。

「あきちゃんのお友達やったんや!や~、駅で見かける度に見とれてた人とお近づきになれてうれしいわ。よろしく。」

……調子いいなあとも思いつつ、燈子ちゃんなら目を引いて当然!とも思ったりする。
すらりとした白い肢体は本当に綺麗だから。

「どうも。当分お邪魔します。」
あ、燈子ちゃん、めっちゃバリアー張ってる。
そういえば、義人くんにはいい印象持ってなさそうだったな。

でも義人くんは、スマートに燈子ちゃんをエスコートする……こういうとこ、さすが!

電車に乗り込むと、セルジュが座席から立ち上がって、燈子ちゃんにあいさつした。

「はじめまして。あきらけいこからいつもお噂は聞いてます。今回は大変でしたね。」
天使の笑顔で燈子ちゃんを奥の席へと案内してくれる。

「……ありがとう。」
ホロリと来たらしく、燈子ちゃんはそう言った。

河原町からはバスに乗車した。
市バスではなく、卒業生の保護者の経営する路線バスで、客のほとんどが我が校の生徒。

市バスより、気遣いすることなくゆっくり乗車できるのが今の燈子ちゃんにはいいだろう。
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