彼は藤娘
今回、彩乃くんは男性を舞う。
……まあ、男っちゅうても中性的で耽美な役柄ではあるのだが。
女舞でもなく、男舞でもなく、若衆とも違う高貴さが必要。
今の彩乃くんにぴったりなんだけどね。

「気に入らへんの?」
燈子ちゃんにそう聞かれて私は苦笑した。

「ううん。楽しみやで。でもまあ、去年の秋のお姫様がすごく綺麗やったから、もういっぺん見たいな~って思っててん。あと、セルジュと義人くんが彩乃くんの女舞が好きやからめっちゃガッカリしてて……演目選んだん私じゃないのに、私のせいみたいに言われるから。」

♪心そぞろにいずくとも 道行く人に事問えど
 岩せく水と我が胸と 砕けて落る泪には♪

「綺麗……。これ、どんな話なん?彩乃くん、放心状態?笑ってるのに、悲しそう。」
清元に耳を傾けていた燈子ちゃんがそう聞いた。

「うん。そんな感じ。『物狂い』って言われる分野。安倍晴明のお父さんやねんけどね、愛する女性を亡くして狂ってしまってはるねん。」

私がそう言うと、燈子ちゃんは彩乃くんを見て、うんうんとうなずいた。
「冷静に考えたらそんな弱っちぃ男、嫌やけど……こうして見ると、いいもんやね。彩乃くん、似合ってはるわ。憑依してるみたい。」

……憑依。
ちょっと怖い言葉やけど、確かに彩乃くんはそんな感じ。
舞ってる時は別人になる気がする。
だから、私は何度見ても見飽きないのかな。

燈子ちゃんはしばらく見て納得したらしく、さっさと自分の練習を始めた。
ストレッチだけだと思ったら、せっかく広いスペースがあるからと、筋トレとバーレッスンまで始めた燈子ちゃん。

……さすが。
いやはや、2人ともほんっとにストイック。
ほっといたら寝食を忘れて踊ってそう。

6代目菊五郎の辞世の句は、「まだ足らぬ踊り踊りてあの世まで」だっけ。
モイラ・シアラーの映画「赤い靴」も、死ぬまで踊り続けてたな。
そんな2人が大好きな私は、いつも以上に幸せに浸ってみとれた。

結局、夕食までご馳走になり、いつものようにお継父さまに送っていただいてしまった。
これが毎日だとさすがにまずいな。
やっぱり予習セット持ってこようかしら。


放課後、燈子ちゃんと帰る分、昼休みを丸々生徒会室で過ごすようになった。
先輩がたとも残りわずか。
毎年更新されるマニュアルをさらに充実化させてもらいつつ、新しい役員選出を詰めていた。

と、予期せぬ来訪者がやってくる。
新任の佐野先生と奈津菜。
……なんか、2人とも小柄でかわいいタイプだからか、妙にお似合いで笑えた。
「どうされましたか?」
会長が営業スマイルで出迎えると、佐野先生が奈津菜に発言を促した。
「新しいクラブを作りたく申請に来ました。人数は現在8人。顧問は佐野先生です。」

ほう!

「噂の、数学クラブ?部長はあなたが就任予定?」
会長の問いかけに奈津菜はうなずいた。

なっちゅん、すごい!!
私は奈津菜の行動力に驚くとともに、このポニャポニャ教師への気持ちが割とマジなことを理解した。
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