彼は藤娘
生徒会長は、必要な書類を揃えて渡し、今後の手続きについて説明した。
既に同好会を通り越してクラブの要件を満たしているので、何の問題もなく通るだろう。
あとは、活動する部屋と部室、部費の調整だな。 

書類を胸に抱きしめて佐野先生と共に生徒会室を出ていく奈津菜に、私はひらひらと手を振って見送った。


燈子ちゃんが足首を傷めてから一週間後の診察の時、腫れが引いたのでギプスを巻き直したらしい。
……既に痛みはなかったらしいが、足が思うように動かせず、燈子ちゃんはかなり大きいショックを受けていた。

しかしさらに二週間後。
3時間目の途中で、燈子ちゃんが真っ青な顔で教室にやってきた。
ギプスと松葉杖は取れていたが、足首に装具を付けて、固そうな太い包帯で膝までガードしていた。

「お帰りなさい。ギプス、取れたんですね。順調ですか?」
三週間前より親し気な笑顔で、佐野先生がそう聞いた。

燈子ちゃんは、ホロッと涙をこぼした。
「え!?ええっ!?藤木さんっ!?」
慌てて佐野先生が燈子ちゃんほうへと向かう。

……あ、先生より燈子ちゃんのほうが背が高い……。

変なことが気になって私はボーっとしていたけれど、奈津菜はガタッ!と音を立てて椅子から立ち上がった。
「……なっちゅん……わかりやすすぎ……」
遥香が苦笑いしてる声で、私はハッと我に返った。

奈津菜のぷち嫉妬はおいといて、燈子ちゃん!
「大丈夫?」
私も駆け寄り、燈子ちゃんの荷物を引き受けた。

「ありがと……。あきちゃん、私、もう……踊れへん……」
そう言って燈子ちゃんは、大粒の涙をポタポタとこぼした。

今日の診察で、治癒してるように見えなかったので造影剤を入れてCTを撮ったところ、伸びたと思われていた靭帯は2本とも完全に断裂。
既に縮んで癒着していたらしい。

日にち薬で、日常生活には差支えない程度に回復するが、不安定なので普通より捻挫しやすいだろう。
ハイヒールはやめたほうが無難。
そして、走ったり飛んだりも危険。
……当然ダンスは……足首に負担が大きすぎる。

もし燈子ちゃんがプロのダンサーなら、靭帯の移植手術という手段もある。
それでも100%の完治ではないし、足首に爆弾を抱えて踊ることは勧められない、と言われたらしい。

燈子ちゃんは気丈に涙を振り払い、席についたが、放心状態に見えた。
熱心な燈子ちゃんファンの私もまた、まだ現実を理解しきれず、呆然としていた。

お昼休み、燈子ちゃんはクラブの顧問の先生に報告に行った。
部長を辞退し、引退を告げたらしい。

しかし顧問の先生は燈子ちゃんに、
「落ち着いたら、いつでも来なさい。座ってても、寝転んでても舞台に出ることはできるから。」
と言ってくれたそうだ。

それを聞いて、私は泣いた。
燈子ちゃんが、すらりとした長い足で綺麗に飛ぶところはもう見られないことに気づいて。

燈子ちゃん自身は、表情のない暗い目をしていた。
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