彼は藤娘
放課後、燈子ちゃんはそれでもクラブへ挨拶に行った。
私は、お茶のお稽古の日なので先に帰宅した。
「副家元さん、『保名(やすな)』踊らはるねんて?」
師にそう聞かれて、私はうんうんうなずく。
「そうか~。時のたつのは早いな~。副家元さんのお父さまが『保名』踊らはったん、もう何年前やろ。15……18年ぐらいたつんかなあ?」
驚いて師を見た。
「先生、彩乃くんのお父さんの『保名』見はったんや。いいなあ!どやった?狂ってはった?」
……たぶん映像も残ってるのだろうけど、私はまだ見せてもらえていない。
てか、彩乃くんも見てないそうだ。
お家元は、彩乃くんの舞台が終わってからしか見せるつもりがないらしい。
珍しく頑(かたく)ななので、いったいどんな「保名」なのか、興味津津なのだ。
師は、ちょっと困ったような表情になり、言葉を選んで言った。
「せやねえ……普段おっとりした品のいいぼんぼんが、ほんまに狂ってはったえ。笑いながら泣いてはったわ。」
背中がゾクッとした。
「保名」の狂気。
……今のところ、彩乃くんはそれっぽく舞ってるけど……狂ってはいない。
彩乃くんの綺麗な「保名」に、はたして「狂気」は降臨するのだろうか。
ああ、そうか。
だから、お家元は彩乃くんに見せないのか。
「……私と別れるぐらいじゃ、彩乃くんは狂わはらへん……やろしなあ。」
ついそう言うと、師に怒られた。
「あほちゃうか!芸のために別れるとか、あかんえ。ちゃんと支えたげよし。」
……はぁい。
でも、私は狂気の「保名」が見たい。
見たい見たい見たい。
お茶のお稽古から帰ると、携帯電話に彩乃くんからの着信履歴が残っていた。
ラインを開けると
<藤木さんが、足、また痛めてしもた。今、親父が病院に連れてった。>
と記されていた。
え!?
慌てて、彩乃くんに電話をかけた。
「燈子ちゃん、今日もそっち行ったん?また同じとこ痛めたん?」
驚いてそう聞くと、彩乃くんがつらそうな声で言った。
『ああ。捻挫やけどな。病院に藤木さんのお母さんが迎えに来はったらしいからもう帰宅したんちゃうか。』
「ほな、電話しよ~。」
『やめとき。明日にしぃ。』
彩乃くんに止められて、驚く。
「……捻挫、きついの?」
『いや。でもショックが大きいみたいやから。そっとしといたったほうがええんちゃうか。』
そう言ってから、彩乃くんはため息をついた。
『かわいそうにな。あんなに踊ることが好きやのに。自分で納得できひんかったみたいで、何回もつまづいて、バランス崩して、転んで……最後には立てんくなってしもた。』
……そんな……。
私は、お茶のお稽古の日なので先に帰宅した。
「副家元さん、『保名(やすな)』踊らはるねんて?」
師にそう聞かれて、私はうんうんうなずく。
「そうか~。時のたつのは早いな~。副家元さんのお父さまが『保名』踊らはったん、もう何年前やろ。15……18年ぐらいたつんかなあ?」
驚いて師を見た。
「先生、彩乃くんのお父さんの『保名』見はったんや。いいなあ!どやった?狂ってはった?」
……たぶん映像も残ってるのだろうけど、私はまだ見せてもらえていない。
てか、彩乃くんも見てないそうだ。
お家元は、彩乃くんの舞台が終わってからしか見せるつもりがないらしい。
珍しく頑(かたく)ななので、いったいどんな「保名」なのか、興味津津なのだ。
師は、ちょっと困ったような表情になり、言葉を選んで言った。
「せやねえ……普段おっとりした品のいいぼんぼんが、ほんまに狂ってはったえ。笑いながら泣いてはったわ。」
背中がゾクッとした。
「保名」の狂気。
……今のところ、彩乃くんはそれっぽく舞ってるけど……狂ってはいない。
彩乃くんの綺麗な「保名」に、はたして「狂気」は降臨するのだろうか。
ああ、そうか。
だから、お家元は彩乃くんに見せないのか。
「……私と別れるぐらいじゃ、彩乃くんは狂わはらへん……やろしなあ。」
ついそう言うと、師に怒られた。
「あほちゃうか!芸のために別れるとか、あかんえ。ちゃんと支えたげよし。」
……はぁい。
でも、私は狂気の「保名」が見たい。
見たい見たい見たい。
お茶のお稽古から帰ると、携帯電話に彩乃くんからの着信履歴が残っていた。
ラインを開けると
<藤木さんが、足、また痛めてしもた。今、親父が病院に連れてった。>
と記されていた。
え!?
慌てて、彩乃くんに電話をかけた。
「燈子ちゃん、今日もそっち行ったん?また同じとこ痛めたん?」
驚いてそう聞くと、彩乃くんがつらそうな声で言った。
『ああ。捻挫やけどな。病院に藤木さんのお母さんが迎えに来はったらしいからもう帰宅したんちゃうか。』
「ほな、電話しよ~。」
『やめとき。明日にしぃ。』
彩乃くんに止められて、驚く。
「……捻挫、きついの?」
『いや。でもショックが大きいみたいやから。そっとしといたったほうがええんちゃうか。』
そう言ってから、彩乃くんはため息をついた。
『かわいそうにな。あんなに踊ることが好きやのに。自分で納得できひんかったみたいで、何回もつまづいて、バランス崩して、転んで……最後には立てんくなってしもた。』
……そんな……。