オフィス・ラブ #∞【SS集】
「絵里」
教室に入った私を、貴志が呼んだ。
ノートや教科書をまとめながら席を立つその姿は、高校に入って急激に伸びた背に、ようやく肉が追いついてきたという感じで、身内の欲目なしにも、学生服が涼やかで凛々しい。
「ここ、お前座ってくれないか」
「いいけど、どうして」
2年になると選択科目が増え、選択内容によって授業ごとに教室を移動することになる。
特別教室を使う授業もあれば、半分ずつ生徒が入れ替わるなどして、通常の教室を使う授業もある。
貴志と私は、歴史の授業のたびに互いの教室を交換する形になっていた。
「変なの、入れてく奴がいる」
入れ替わりに座る私に、貴志がうんざりとため息をついた。
ああ、そういうことか。
この教室移動の仕組みを利用して、気になる子の机にメッセージを残したり手紙を入れたりするのは、もはや常識だった。
実際それでつきあいはじめた子たちも、何組か知っている。
けど名前が書かれていなかったり、あまりに毎回だったりすると、ただ気持ち悪い。
貴志は今、誰かの標的になってるんだろう。
仕方ない。
憎まれ役を買って出てやるとしよう。
「恩に着てよね」
「着る着る」
じゃあな、と言ってクラスメイトと教室を出ていく。
ちょうどそこに、この授業でだけ会える仲のいい友人が来て、私は手を振った。