オフィス・ラブ #∞【SS集】
その年の夏。
貴志はある日を境に、半袖を着られなくなった。
「新庄が、牧野につかまった」
慌ただしく廊下を駆けてきた男子が、教室に飛びこんでくるなり、貴志と同じサッカー部の男の子たちにささやいた。
太陽が真上にさしかかり、室内の温度を容赦なく上げはじめた頃だった。
牧野というのは生活指導の、体育教師じゃないのが不思議なくらいガタイのいい、常にジャージの化学教師だ。
たまたま近くにいて、それを聞いた私は、一瞬ひやっとした。
貴志が煙草を覚えはじめていたからだ。
特に悪さをするのが目的だったわけじゃなく、興味本位で父親に一本もらったら味が気に入ったというだけで。
煙草をくわえて生まれてきたと言われているほどの愛煙家である父は、それを喜んだのかなんなのか、親の前と自宅でだけは吸っていい、他の場所では決して吸うな、自分では買うなと貴志に約束させた。
どんな親だ。
貴志もバカじゃないので、固くそれを守り。
見つけてほしそうに制服のポケットに煙草を忍ばせたりするアホと違って、純粋な愉しみとして、家でだけゆっくり吸っている。
だから、まさかそのことじゃないと思うんだけど。
私はどうしても気になって、駆けこんできた男子のところへ行った。
「ね、それ、詳しく教えて」
「俺もまだ、よく知らないんだけど。米倉先輩と、部室でやりあったらしいよ」
サッカー部の面々は、蒼白だ。
無理もない、今月は3年生の引退試合になるであろう高校選手権の県予選が進行中で。
正レギュラーである米倉先輩に怪我でもさせたとしたら、貴志が何かして責任をとれる話ではない。
それに貴志自身だって、レギュラーチームに名を連ねているのだ。
けれど私は、別の理由から、蒼白になっていた。