オフィス・ラブ #∞【SS集】


「ひどい…」



学校を途中で帰された貴志と家でようやく会えた私は、Tシャツから出た彼の腕を見て、怒りと悔恨に襲われた。



「たいしたことない、気にするな」

「ごめん」

「絵里が悪いんじゃない」



貴志の手を握って、もう一度、ごめん、とつぶやいた。

自室のベッドに腰かけていた貴志は、床に座る私の頭をなぐさめるように叩く。

私は申し訳なくて、自分の軽率さが恥ずかしくて、貴志の顔を見られなかった。

貴志の腕を握りしめて、その生々しい火の痕に、吐き気がするほどの憤りを感じる。


私は知らなかったんだけど、貴志と米倉先輩の関係は、もとからそんなによくなかったらしい。

うちのサッカー部は、名門であるがゆえに、一部の部員の素行が悪いというジレンマを抱えている。

レギュラーになってしまえば学校もとやかく言えなくなるので、自制心のない奴がやりたい放題始めるのだ。


先輩はまさにその典型で、部室での喫煙なんて日常茶飯事らしかった。

今日、ジャージを部室に置いている貴志が体育の着替えのためそこへ行くと、先輩がこれ見よがしに煙草を吸っていて。

横目に見るでもなく、びくびくするでもなく、さらりと無視した貴志にカチンと来たのかなんなのか、彼はいきなり私のことを洗いざらいぶちまけたらしい。


普段は淡々としているくせに、きっかけさえあれば一瞬で逆上する貴志は、怒りにまかせて先輩を殴り、ついでにロッカーの扉を2枚破壊し。

お返しに、煙草を押しつけられてきたのだ。


このへんの事情は、みんな後から知ったこと。

何もしゃべらない貴志からの断片的な情報と、武勇伝のようにあることないことしゃべりまくる米倉先輩発信の噂を私なりに整理して、出した推論だ。

たぶん真実と、そう違わないと思う。


この時の私は、だいたいの予想はついていたものの、どうせ貴志は何も言わないことをわかっていたので。

詳しいことは訊かず、ただひたすら傷のことが心配だった。

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