オフィス・ラブ #∞【SS集】
貴志が氷水の中の腕を見ながら、この痕かっこ悪い、と不満げに言った。



「先生に言わなかったの」

「あれでも、正レギュラーだからなあ」



米倉先輩は、貴志のそんな部への愛を利用したに違いない。

喫煙がこういう形で露呈すれば、さすがに学校側も何かしらの処分を下さないわけにいかない。

だからこそ、部にとって大事な時期である今、貴志が先輩を突き出すわけがないことを読んでいたんだろう。

さらに先輩は計算高く一発も殴り返さず、やけど以外はちょっと手の甲を痛めているくらいで、貴志は綺麗なままだ。


私が、あんな男と軽い気持ちでつきあったばっかりに。

貴志の腕を見ていると、涙が浮かんできた。



「次は、もう少しまともなの、選べよ」



そんな私を揶揄するように、貴志が言う。

私は彼の心遣いをありがたく思いながら、ふてくされた声を出した。



「最初は、楽しくて面白い人だと思ったの」



それはわかる、と浸けていないほうの手でほおづえをつきながら、貴志が面白くなさそうにうなずく。



「俺ももう少し、部活の話とか、お前にしときゃよかったな」

「あんたが、そんなことで後悔しないでよ」



そもそも貴志は、嫌いな先輩のことなんて、言わないでしょ。

なんだかんだこの兄が、自分から他人を悪く言うところなんて見たことがない。

貴志は何を考えているのか、水の中の自分の腕をぼんやり眺めていた。



「貴志は、彼女つくらないの」

「俺は、まだいい。なあこれ、いい加減しびれてきた」



ざぶりと水から揚げた貴志の腕を、慌ててタオルで受けとめて拭く。

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