オフィス・ラブ #∞【SS集】
貴志は片腕を私に預けたまま、もう一方の腕を伸ばして勉強机の上から煙草とライターを危なっかしくとると、ソフトケースを振って一本出し、くわえて火をつけた。

始めからあまり違和感はなかったものの、すっかりこれが、当たり前の姿になってしまった。

私はローテーブルの上の灰皿を、貴志のほうへ動かしてやる。



「傷を乾かしたいから、絆創膏とか貼らないよ。皮、破かないようにね」

「ん、サンキュ」

「まだいいって、なんで?」

「親元にいる間につくっても、何かと制限が多そうだろ」



ああ…場所とか、親の目とかか。

なるほど、そういうのが面倒なわけね。

確かに貴志には、何かを楽しむ時は、打ちこめる環境を整えてから、というくせがある。


いいなあ、父が許さないのは承知の上だけど、私も家を出たい。

何か方法、ないかなあ。



「ね、煙草って、そんなにおいしい?」



あんまり幸せそうに吸うので、つい気になって訊いてみると、貴志が吸っていた煙草を、はいと私の口元に差し出した。

ちょっと迷いつつ、好奇心に負けて、貴志の手から直接吸ってみる。


一度口に煙をためて、試しに肺までめいっぱい吸いこんでみた。

ふっと吐くと、少し間を置いて、白い煙が口から出る。

こんなの初めて、面白い。



「…むせないね」

「俺もそうだった。体質かな」



再びその煙草をくわえた貴志が、一本やるよ、とケースを差し出してくる。



「父さんには言うなよ」



もちろん、と答えながら一本とりだして、はっと気がついた。

私、制服だ!

こんな煙草くさい部屋に制服のままいたら、とんでもない臭いがつく。

着替えてくる、と部屋を飛び出そうとした私の腕を、慌てたように貴志がつかんで引きとめる。



「煙草、煙草!」

「あっ、そうか」



くわえたままだったそれを、はいと貴志に投げて、自分の部屋に駆けこんだ。


シャツとスカートを脱ぎ捨てながら、なんだか笑いがこみあげる。

親には内緒、なんて。

小さい頃に、戻ったみたい。



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