オフィス・ラブ #∞【SS集】
弁当つくってくれよ、と遠足みたいなことを言う貴志に、そうだなあ、と私もだんだん乗り気になってしまった。

けど謹慎って、学校に来るなじゃなくて、自宅から出るなって意味じゃないかしら。

まあいいか。


小さい頃はふたりして、父親の作業場に入りびたって、一日じゅう眺めていた。

どこかの家を建てると聞いては、学校が終わるとそこに行って、日が暮れるまで金槌の音を聞いて。

お弟子さんがうちに住みこんだこともあるし、こういう稼業だと、父親の仕事は自分たちと切り離せないものになる。



「よし、私も行く」

「そうこないと」

「ついでに、お父さんのお弁当も私がつくればいいんだよね」



たまには母に楽をさせてあげようと、そうすることにした。

生活指導につかまった時と処分が決まった時の2回、学校に呼び出された母は、最近の公立校はケツの穴が小さいわねえ、とのんびり毒舌を吐きながら帰ってきた。

職人の妻は、強いのだ。




お三時にと持ってきたスイカを、邪魔にならないところで切って大皿に盛った。

貴志に運んでもらうと、日焼けした上半身を光らせた父の仲間たちが歓声を上げる。

木陰に小さな輪になって腰を下ろした瞬間、ほぼ全員が煙草を取り出した。



「志ん、お前もいいぞ」

「ほんと」



父親の許可が出たので、貴志も混ざって吸いはじめる。

みんな適当な年頃から吸っていたんだろう、誰も気にせず、学校楽しいか、とか親戚の集まりみたいな話がくり広げられる。


「志ん坊」もしくは縮めて「志ん」というのは貴志の愛称だ。

我が家で「タカ」と言えば「貴」の字をくれた叔父のことなので、貴志は名前の後半を使わざるを得なかった。

小さい頃の愛称なので、今でもそう呼ぶ人は、父やその仲間や親戚くらいだけど。

そう呼ばれる時の貴志は、完全に「新庄んとこの坊ん」という感じで可愛く、私はひそかにその愛称が好きだった。

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