オフィス・ラブ #∞【SS集】
短い休憩を終えた父たちが、再び作業に戻る。

境内の切り株に腰をかけて、貴志はそれを飽きもせず眺めている。

父に似ず、工作などが不得意な貴志は、他人が手作業をしているところを見るのが妙に好きだ。

私が料理をしていても、用もないのにキッチンに立ち寄っては、ふーんと手元を眺めていったりする。

彼なりの憧れなんだろうか。


ふいに、木立の向こうの駐車場の砂利を踏む音と共に、なにやらうるさい車が入ってきた。

貴志が、ぱっと立ちあがってそちらへ向かう。


叔父だ。


銀行員だった叔父は、徐々に大きくなってきた父の会社の経営に専念するために、数年前に仕事をやめた。

今では営業兼経営責任者のような感じで、実作業以外のすべてを請け負っている。


ただの町大工にとどまらなくなった今も、父が村八分になったり反感を持たれたりすることがなく済んでいるのは、こうして、ちょくちょく現場にも顔を出し、地元のつきあいも横の繋がりも大事にしてくれる叔父のおかげだと思う。

貴志の外見は、父よりもこの叔父に似ている。


乾いた土を踏みながら作業場に入ってきた叔父が、最近どうだ、と父に声をかけた。

手をとめずに、父が白い歯を見せて笑う。



「志んの奴が悪さしたらしくてよ。一発、殴ってやってくれ」

「あ、そうなの?」



聞くなり叔父は、隣に立っていた貴志の頭をげんこつで殴った。

いてっ、という声と一緒に鈍い音が私のほうにまで聞こえたから、相当手加減なしだ。



「なんだ、もう俺とそんなに背、変わらないじゃねえか」

「まだ伸びてるから、そのうち抜くよ」



生意気言うな、ともう一発殴りながら、会うたび綺麗になるね、と私に笑いかける。

高校も満足に出ていない父に対し、学士を持つこの叔父は、颯爽として、ぱりっとジャケットを着こなし、とても兄弟に見えない。

だけど、嘘みたいに仲がよくて、私と貴志が仲違いなんてする気も起こらないのは、そんなふたりを見て育ったからじゃないだろうか。


境内の林から見あげる空は、真っ青で。

貴志の謹慎がとけたら、すぐ夏休みだなあと思い出した。



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