オフィス・ラブ #∞【SS集】


「真野さん?」



半日だけの休日、買い物に出かけた帰りにぶらぶらと歩いていたら、呼びとめられた。

振り向くと、白い息を吐きながら、三ツ谷さんが愛想よく駆け寄ってくる。



「こんにちは、週末は、いかがですか」

「残念ながら、午後から会社です。三ツ谷さんも、お仕事みたいですね」



バレました、と彼が手にしていた紙袋を掲げてみせる。

そこに差さっているのは、どう見ても印刷所を出たての、まだ酸っぱい臭いのする校正用紙だった。



「印刷所が、この近くなんですよ」

「この間お願いした修正ですね。申しわけないです、お休みをつぶさせて」

「いえいえ。元から今日は出社予定でしたから」



そういえば、彼のオフィスもこのあたりだ。

ふうん、と思って彼を見ると、ふと目が合って、少しの沈黙が降りる。



「真野さん、お昼まだですか」

「え?」

「よかったら、つきあっていただけませんか、僕もう、ぶっ倒れそうで」



参った、という顔で笑ってみせる彼は、休日のオフィス街にふさわしくカジュアルながら清潔で。

めったにそんな誘いに乗らない私の首を縦に振らせた。





「なんだか、いつもとちょっと、雰囲気が違いますね」

「そうですか」



さすが近辺に勤める彼は、休日の昼時でも空いていておいしい穴場の店を知っていた。

地下2階までもぐるこのイタリアンの店は、知っている人じゃなきゃ見つけられないだろう。

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