オフィス・ラブ #∞【SS集】
あんなことを言われると。
朝、鏡の前で、今日は髪を下ろしてみようかなんて考える自分が嫌で。
意地でも、下ろすものかという気になる。
「真野ちゃん、笑顔笑顔」
出社するなり、新庄さんが笑った。
多忙かつ力仕事も案外多い中、どうやって維持しているのか謎なばかりの、美しい爪で私の頬をつつく。
配属以来、ずっと言われ続けているフレーズだ。
元営業なので、そりゃ必要な時には笑顔も出せるけれど。
ひとりでデスクに向かっている時くらい、顔を休ませてもいいじゃないか。
そんなようなことを言ったら、自分のデスクにバッグを置いた新庄さんが、うふふと意味深に笑った。
「女はね、基本、笑顔。そうすると、たまの真顔と涙で、たいていのことは操れるのよ」
「新庄さんくらいです、それは」
「わかってないなあー。真野ちゃんくらい綺麗なら、にこっとすれば、男はメロリよ」
メロリってのは、メロメロとコロリの合成だろうか。
商品が商品だけに、この宣伝部門は8割がたが女性だ。
どの人も、コスメブランドという業界に恥じない優美さで、圧倒されるばかり。
私だって、気は使うし流行も追うけれど、そう簡単に彼女らに追いつけるわけもなく。
忙しい日々の中、どうやったって、維持が楽で機能的な方向に自分を押し進めていってしまう。
まあ、こういう人間がひとりくらいいたって、許されるだろう。