オフィス・ラブ #∞【SS集】
ホールの裏口を出ると、音を立てて風雨が吹きつける。
こりゃ、まずいな。
もう少しホールの近くにプレハブを設置できればよかったのにと思いながら、少しの距離を走った。
「お疲れさまです」
バタンとドアを閉めて、詰めていた息を吐くと、追加のノベルティを取りに来ていたらしい三ツ谷さんがにこりと笑った。
どこからとり出したんだか、タオルを手渡してくれる。
私は、一瞬でずぶ濡れになった髪を、みっともなくないようにまとめ直そうと、ひとつに結っていたシュシュを外した。
バッグからコームを出して、壁の鏡を見ながら結い直していると、鏡の中で三ツ谷さんと目が合う。
「やっぱり、下ろすと雰囲気が変わりますね」
「少しは女らしくなりますか」
鏡越しに目を合わせたまま言うと、三ツ谷さんがおかしそうに笑った。
「まとめていても、女性らしいですよ」
「まさか」
そこまで持ちあげてくれなくたっていい。
そういう形容から自分がどれほど遠い位置にいるか、私が一番よく知ってる。
さっと一本に髪をまとめて、淹れっぱなしの濃いコーヒーでも飲もうとコーヒーメーカーのほうへ視線をやると、素早くそれに気づき、より近くにいた三ツ谷さんがカップに注いでくれる。
私のほうに取っ手を向けて渡してくれながら、にっこりと微笑んだ。
「真野さんは、女性らしいですよ。お名前のとおり」
思わず喉が詰まって、言いかけたお礼がつっかえてしまった。
名前の話は、やめてほしい。
私は自分の名前が、どうしても手放しでは、好きになれないのだ。
真野比央麗。
これで「ひおれ」と読む。
クラス替えのたび、自己紹介が嫌でたまらなかった。
今でも名刺を差し出す瞬間が憂鬱だ。
こりゃ、まずいな。
もう少しホールの近くにプレハブを設置できればよかったのにと思いながら、少しの距離を走った。
「お疲れさまです」
バタンとドアを閉めて、詰めていた息を吐くと、追加のノベルティを取りに来ていたらしい三ツ谷さんがにこりと笑った。
どこからとり出したんだか、タオルを手渡してくれる。
私は、一瞬でずぶ濡れになった髪を、みっともなくないようにまとめ直そうと、ひとつに結っていたシュシュを外した。
バッグからコームを出して、壁の鏡を見ながら結い直していると、鏡の中で三ツ谷さんと目が合う。
「やっぱり、下ろすと雰囲気が変わりますね」
「少しは女らしくなりますか」
鏡越しに目を合わせたまま言うと、三ツ谷さんがおかしそうに笑った。
「まとめていても、女性らしいですよ」
「まさか」
そこまで持ちあげてくれなくたっていい。
そういう形容から自分がどれほど遠い位置にいるか、私が一番よく知ってる。
さっと一本に髪をまとめて、淹れっぱなしの濃いコーヒーでも飲もうとコーヒーメーカーのほうへ視線をやると、素早くそれに気づき、より近くにいた三ツ谷さんがカップに注いでくれる。
私のほうに取っ手を向けて渡してくれながら、にっこりと微笑んだ。
「真野さんは、女性らしいですよ。お名前のとおり」
思わず喉が詰まって、言いかけたお礼がつっかえてしまった。
名前の話は、やめてほしい。
私は自分の名前が、どうしても手放しでは、好きになれないのだ。
真野比央麗。
これで「ひおれ」と読む。
クラス替えのたび、自己紹介が嫌でたまらなかった。
今でも名刺を差し出す瞬間が憂鬱だ。