オフィス・ラブ #∞【SS集】
自分の名前だし、愛着はあるけれど。

もう少しなんとかならなかったの、と親に言いたい気持ちは変わらない。

読みづらいし、音も変わってるし、さらに「麗」なんて仰々しい漢字、口頭で説明するのもためらわれる。



「女性らしくもないでしょう。こんな変わった名前」

「どうして、だって、花でしょう?」



コーヒーを受けとりながら苦い気持ちで言うと、三ツ谷さんが目を見開いた。

え、と私も彼を見返す。



「フィオーレでしょう、イタリア語の?」



違うんですか、と自分のぶんのコーヒーを注ぎながら三ツ谷さんが言う。

違わない。

でも私から言う前に言われたのは、初めてだ。



「素敵なお名前だと思いますよ」

「そんなことないです。由来も、バカみたいで」



なんとなく、恥ずかしさのせいで、意固地にそう言いはって、後悔した。

当然三ツ谷さんは、由来? と首をかしげて訊いてくる。

ああもう、自分からこれを持ち出すなんて、バカみたいなのは私じゃないかと思いながら、仕方なく口を開いた。



「…両親のハネムーンが、イタリアで」

「いいですね、想い出の地ですか」

「いえ」



そういうんじゃなくて。

言いながら、目が泳いでしまう。



「その時の子供、だそうで」



イタリアで宿った花、という意味で、フィオーレ。

なんなの、その恥ずかしい由来!

誰にも説明できないじゃないか!


プラスチックのコーヒーカップを両手で握りしめて、三ツ谷さんの顔を見るのも気まずく、思わず目を落とした。

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