オフィス・ラブ #∞【SS集】
小さなヒーターが動く狭いプレハブ内は、いつの間にかかなり暖まっており、私は涼しさを求めて、そっとドアを開けた。

とたん、叩きつけるような雨風に襲われる。

これ、本格的にまずいんじゃないだろうか。


急いでドアを閉めて、共用のPCで天気情報を調べようと中央の机に戻りかけた時。

ブン、と低い羽音のような音を最後に、真っ暗になった。



停電だと気がついたのは、一瞬あとだった。

電灯はおろか、ヒーターもコーヒーメーカーも、うんともすんとも言わなくなっている。


明るいところにいたおかげで目が慣れず、窓もないプレハブの中では、自分の手も見えない。

ホールも同じく停電したらしく、イヤホンから混乱したスタッフたちの慌ただしいやりとりが流れてくる。


私も、何か手伝わないと。

そう思うのに、足がまったく動かず、立っていることすらできず。

真っ暗闇の中、私はへたりこんだ。


小さい頃、こんな嵐の中で、母の運転する車がカーブを曲がりそこねて脱輪し、そのまま崖をすべり落ちたことがあった。

さいわい数メートルほど落ちただけで、頑丈な木に引っかかり、車はとまったんだけど。

日没後で、携帯なんてない時代、母は助けを呼ぶために車を降りて崖を登った。

私は、崖をよじ登るよりは安全と思われた車内にひとり、とり残され。

永遠とも思える時を、そこで過ごした。


今でも、寝る時は小さなライトをつけたままだ。


シーバーのやりとりを、どこか別世界のできごとのように聞きながら、しんしんと冷えていく闇の中で、私は硬直していた。

せわしなく向きを変えて叩きつける風が、ぎしぎしとプレハブを揺らす。


どうしよう。

出ていきたいけど、動けない。



その時、濡れた地面を蹴るような音が近づいてきたかと思うと、バンと激しい音を立ててドアが開いた。

まぶしい白い光に、一瞬目がくらむ。

手をかざして、目をすがめて見ると、やわな床を踏み鳴らして入ってきたシルエットを認識できた。

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