オフィス・ラブ #∞【SS集】
熱いのか寒いのか、もうわからない。


暗いところを「苦手」でなく「嫌い」とわざわざ言ってくれた。

私のプライドに配慮したその心遣いが、涙が出るほどありがたい。


私は彼の香りのするジャケットに、なぜだか触れることすらできず。

まだ三ツ谷さんの手の感触の残る肩を意識しながら、きっと真っ赤になっているであろう頬を、両手で隠した。



彼が、代理店の人間だからだ。

私が、クライアントだからだ。

それだけなんだから。


勘違いするな、比央麗。





「いや、もうないですよ」

「愛は与えるもの、恋は奪うものって言うだろ。略奪だよ、略奪」



やめてください、と三ツ谷さんが困ったような笑い声を上げる。

先日のイベントの報告書を提出しに来た彼は、私がお茶を持って会議室に入ると、先輩の営業員となにやらじゃれていた。

ふたりの前にお茶を置き、なんの話ですか、と振ってみると。



「部署では有名な話なんですけど。こいつ、弊社の営業局に好きな女性がいましてね」

「ほんと、勘弁してくださいって」

「その彼女には、もう別に相手がいて。でもこいつ、ぐずぐずとあきらめがつかないらしいんですよ」

「仕方ないでしょう、そんなすぐにあきらめられたら、そもそもそれは、好きじゃなかったんですよ」



三ツ谷さんが、若干、本気であせっているんだろう、営業さんをにらんで言い返す。

私は、一緒になって笑いながら、ひどく冷めた気持ちで、それを聞いていた。


ほらね?


よかったね、比央麗。

勝手に思いこんで、舞いあがったりしなくって。

もとから親切な人なんだよ。

あんたにだけじゃ、ないの。


よかったね。

鵜のみにして、髪を下ろしたりしなくて。


――…髪?

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