オフィス・ラブ #∞【SS集】
『世話かけたな』
「恵利ちゃんにもお礼言っときなさいよ。冷蔵庫の中、いっぱいにしといてくれたんだから」
子供の頃から定期的に、彼を襲う高熱。
それ以外に、兄が体調を崩すところを、私はいまだかつて見たことがない。
体調の崩しかたまで融通が利かないんだから、つくづくあきれる。
一度様子を見にいってから、数日がたっていた。
どうなっただろうと電話をしてみると、すっかり元気そうな声が応える。
もうすぐ日付が変わろうとする頃で、会社帰りの私と同じく、向こうも駅らしき雑踏が背後に聞こえていた。
貴志は少し黙ってから、つぶやくように言う。
『えりかと思ってた』
「そう言ってるでしょ」
『違う。お前かと、思ってたんだ』
あ、そういうことか。
ややこしいな。
そういえば彼女のことは、苗字で呼んでたっけ。
無理もない、私も男の名前がタカシだったら、その名で呼ぶのをためらうだろう。
熱が出ていると不安そうな声で連絡をくれたのは、先日偶然会った、貴志の新しい相手で。
これが元部下だというから、驚いた。
無節操ながらも、仕事に関しては意外なほど潔癖で、絶対にそういう関係を持ちこまなかった貴志が。
よりによって、元部下と。
いったい、何があったっていうんだろう。