オフィス・ラブ #∞【SS集】
小説みたいだ。
やけに爽快な気分で目が覚めた朝。
自室のベッドの半分を占領して、隣で眠る白い肌を眺めながら、大森淳一は感心にも似た思いで考えた。
誰だろう、これ。
抑えた茶色の艶やかな髪が、ゆるく巻いて、滑らかな肩を覆っている。
こちらを向いてすやすやと眠る顔には、まったく見覚えがなく、だけど美人だなと他人事のように思った。
彼女は、裸で。
自分も、裸だ。
綿のブランケットの中で身体を起こして、ベッドの上に座りこみながら首をひねった。
昨日は、金曜。
帰り道に読んでいた、スウェーデンの警察小説が面白かったので、まっすぐ帰宅するのがもったいなくなり。
家の最寄駅から歩いてすぐの、ほどよく静かなバーに寄って、最後まで読んでいこうと思ったんだった。
そこまでは覚えている。
つまり、そこから覚えていない。
酒に弱くなったのかなあ? と立てたひざにほおづえをつきながら、弱気なことを考えた。
もう40代も目の前だし、何もかもが昔のようにはいかない。
学生時代なんて昨日のことのように思い出せるし、若手として働いていた頃だって、記憶の中では、つい先日だ。
だけど確かに、今の自分はマネージャーで、後輩どころか部下を何人も持つ立場で。
結局、人間なんて、中身はそんなに変わらないまま、歳だけを重ねていくんだろうなあと。
つらつらと考えをめぐらせながら、カーテンを閉め忘れたせいで日光が白く差しこむ部屋を見回した。
ふと横の身体が身じろぎして。
あ、起きる、と思った。
もしかして、この状況の説明を聞かせてもらえるかも、という純粋な期待と。
いきなりなじられたり怒られたりしたらどうしよう、というのん気な不安が同時に襲う。
大森の視線の先で、豊かなまつげに縁どられた瞳が、ばさりと音を立てそうな風情で開き。
瞬間、記憶が鮮明によみがえった。