オフィス・ラブ #∞【SS集】
「虹彩異色症だね」
「オッド・アイって、よく言われるけど」
カウンターの片隅で本を読みながら、好きなウイスキーを傾けていたら、ふわりといい香りが隣に座った。
すいている店内で、わざわざ隣のスツールに座るということは、まあそういうことなんだろうと、笑いかけて挨拶をする。
よし、美人だ、と思った。
でも、何か不思議な印象だ。
その原因を探ろうと、ぶしつけなくらい顔を眺めまわして、ああ、と気がついた。
左右の瞳の色が、違うのだ。
片方は黒に近い茶色で、もう片方は金に近い茶色だ。
「同じことだよ。バイ・アイとか言ったりもするね」
「どうしてそんな、変なこと知ってるの?」
何飲む? と尋ねると、あなたと同じの、と返してくるので、自分のおかわりもあわせてバーテンに声をかけた。
「本ばっかり読んでるせいかな」
「ふうん」
読むのを中断してカウンターに伏せていた大森の本が、目に入っていないはずはないのに、彼女は興味を示さなかった。
うん、それでいい。
本は好きだけど、他人と共有したいとは思わない。
これまでの人生で、読まない人には、いくら面白い本を勧めてみても絶対読まないことがわかったし。
本好き同士であってさえも、本への思いは十人十色であり、まったく同じ目線で本を語れる人間はまずいないことを、学んでいた。
『地球外の知的生命体の、性善説みたいなものってさ、あの巨匠がつくりだしたと思う。それを踏襲してるから、泣いちゃったの』
気が強く、思ったことはすぱすぱ口にし、だけど案外、毎度それが的を射ている、小さな恋人を思い出した。