オフィス・ラブ #∞【SS集】
彼女は、読書を愛する人間同士の礼儀をわきまえていた。
すなわち、染めない、染まらない、だ。
無理に勧めることはせず、また興味のないものには、他人がどんなに称賛しようと安易に手を出さない。
その姿勢が心地よく、かえって彼女とは、いくらでも本の話ができた。
「結婚してないの?」
異色の瞳を持つ彼女が、マスターからグラスを受けとりながら大森の左手を指さした。
「別れたんだ」
「どうして」
新しいグラスをかちんと合わせながら、どうしてだろう、と自問する。
28歳で結婚し、32歳で別れた。
大学の後輩で、3つ下だった。
彼女の希望で、結婚すると同時に向こうは仕事をやめ、家庭に入った。
「仕事が楽しくて、かまってやれなかったからかな」
「男が仕事を楽しんで、何が不満なのよ、その奥さん?」
自分も、どこかでそう思っていたのだ。
かまってやれなかった事実よりも、そのことのほうが罪が大きいと大森は思っていた。
別に、自分だけが悪かったなんて思わない。
逆に、向こうだけが悪かったわけでもない。
自分たちは、夫婦になりきらないまま、もう一度やり直せる年齢のうちに、お互いを解放したのだ。
数年の間に、そう思えるようになっていた。
だけど、やり直せる年齢って、いつまでだろう。
最近、そんな思いが、ひらひらと頭に降ってくるのをよく感じる。
「仕事に打ちこむことに、罪悪感なんて覚えちゃダメよ、男は」
「じゃあ、女性は?」
「女は、並行していろいろ考えることがあるから。ただ打ちこめばいいって時期は短いの」
なるほど。
自分も元妻に、ひとり目は20代のうちに産まないと云々、遅くとも31歳が云々と言われていたので、そのあたりはなんとなくわかる。
すなわち、染めない、染まらない、だ。
無理に勧めることはせず、また興味のないものには、他人がどんなに称賛しようと安易に手を出さない。
その姿勢が心地よく、かえって彼女とは、いくらでも本の話ができた。
「結婚してないの?」
異色の瞳を持つ彼女が、マスターからグラスを受けとりながら大森の左手を指さした。
「別れたんだ」
「どうして」
新しいグラスをかちんと合わせながら、どうしてだろう、と自問する。
28歳で結婚し、32歳で別れた。
大学の後輩で、3つ下だった。
彼女の希望で、結婚すると同時に向こうは仕事をやめ、家庭に入った。
「仕事が楽しくて、かまってやれなかったからかな」
「男が仕事を楽しんで、何が不満なのよ、その奥さん?」
自分も、どこかでそう思っていたのだ。
かまってやれなかった事実よりも、そのことのほうが罪が大きいと大森は思っていた。
別に、自分だけが悪かったなんて思わない。
逆に、向こうだけが悪かったわけでもない。
自分たちは、夫婦になりきらないまま、もう一度やり直せる年齢のうちに、お互いを解放したのだ。
数年の間に、そう思えるようになっていた。
だけど、やり直せる年齢って、いつまでだろう。
最近、そんな思いが、ひらひらと頭に降ってくるのをよく感じる。
「仕事に打ちこむことに、罪悪感なんて覚えちゃダメよ、男は」
「じゃあ、女性は?」
「女は、並行していろいろ考えることがあるから。ただ打ちこめばいいって時期は短いの」
なるほど。
自分も元妻に、ひとり目は20代のうちに産まないと云々、遅くとも31歳が云々と言われていたので、そのあたりはなんとなくわかる。