オフィス・ラブ #∞【SS集】
「煙草吸っていい?」
シャワーから出て、シャツを用意し忘れたことに気がついた大森は、チノパン姿で寝室に戻り、チェストから服をとり出した。
それを着こみながら、ダメ、と答える。
「どうして」
「女の人が吸ってるのは、好きじゃない」
「それは昨日、聞いた」
そうなのか。
じゃあ訊くな。
先にシャワーを浴びた彼女は、濡れた髪をゆるくまとめて、タオルで押さえている。
もとから顔立ちが華やかで肌が綺麗なんだろう、メイクを落としても、十分すぎるほど見るに耐える容貌だった。
バッグから、煙草の入っているらしい銀のケースをとり出していた彼女は、ふてくされた顔でそれをまた戻す。
不満たらたらのわりに従順なその様子に、大森はくすっと笑った。
「何かつくろうか。食べに出てもいいけど」
「材料があるなら、私がつくるわよ。泊めてもらったし」
もう朝というより昼で、飲んだ翌日ということもあり、空腹だ。
二重サッシの室内ではわからないけれど、外は蝉の声と7月の日差しが、暴力的なほど充満しているに違いない。
大森はお言葉に甘えて、つくってもらうことにした。
「使いやすいキッチンね」
「どうも」
「卵はどうするのが好き? ええと、淳一、って呼んじゃって、いいのかな」
用具などの場所を説明するため、ふたりでキッチンに入ると、彼女はてきぱきとボウルやら菜箸やらを用意しはじめた。
どうやら昨日、自分は、ちゃんと名乗っていたらしい。