オフィス・ラブ #∞【SS集】
どういう基準で、何を考えて行動しているのかは確かにわからないけれど。

堤には堤なりの信条があって、それに従って動いていることだけは、推察することができた。


表面上は、陽気で社交的で、楽しくなきゃ仕事じゃない、という姿勢を見せ。

その裏で、楽しくあるためには、払わなければいけない犠牲や持っていなければならない能力があることを、痛烈に語っている。


けれど、さらにその裏には。

やはり陽気で、どこか人懐こく、愛嬌のある性格が隠れていることを、気長に観察していた大森は感じとることができた。


おそらく、己の仕事ぶりに引け目があるような人間は、彼の「裏」の性質を敏感に察知して、敬遠するんじゃないだろうか。

「裏の裏」まで気づくことができるのは、力を有し、それを自負する者か、「裏」を気にしないくらいの鈍い人間だけだろう。

自分は後者かな、と大森は考えた。



「結婚しないの?」



彼ももう30歳を超えているはずだと思い、ふと尋ねてみると、堤は珍しくすぐには答えず、なぜだかじっと沈黙した。

言葉を探すように視線を落として、手の中でグラスをもてあそびながら、何か考えている。

この男のこんな姿は、初めて見るなと大森は新鮮な驚きを感じた。



「したいと思っては、いるんですが」

「相手は、いるんだ」

「そう、ですね」



なんだろう、こんな歯切れの悪さは、およそ彼らしくもない。

相手の女性が、OKしてくれなそうなんだろうか。


彼くらいの年齢は、自分が成長する楽しみから、誰かを育てる楽しみへと、仕事の面白さがシフトする頃で。

ここらで結婚を逃した男は、この先も長いこと独りだったりするんだよなあ、と自分の周囲を振り返りつつ考えた。

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