オフィス・ラブ #∞【SS集】
『今どこなの』
「もうすぐ、家」
『行くわ』
会いたい、と子供のように伝えると、なつきはそれだけ言って電話を切った。
彩は今ごろ、どうしてるだろう。
かわいそうに、混乱して、泣いているに違いない。
めそめそしない代わりに、泣く時は鉄砲水のように涙を流す彩を、彼がなぐさめてあげてくれているといい、と思った。
彼なら大丈夫だろう。
一度執着したものは、驚くほどしつこく手放さずにいる彼の性質を、大森は知っていた。
彩は一本気で、自分に嘘をつくことを極度に嫌うけれど、強いのとは違う。
何か文句ある? といばりながら、迷って、迷って、迷う子だ。
そのあたりは、もしかしたら堤と似ていなくもなく、だけど年齢のぶん、彼は彩を包んでやることができるだろう。
この期に及んで、堤よりも彩について知っているような気になっている自分が、少し嫌になった。
うだるような暑さの中、マンションに着くと、なぜかエントランスにはすでになつきがいた。
家でくつろいでいたんだろう、メイクもしておらず、髪は前髪も全部まとめて、邪魔にならないよう上げている。
服装も、身体にぴったり合ったインナーに、申し訳程度に薄手のカーディガンをはおっているだけで、下もスエットだ。
「…家、このへんなんだね」
「なんであの時間に、あのバーで会ったと思ってるのよ」
そりゃそうか。
けどこの一瞬で着いてしまうということは、相当なご近所さんだ。
きっとそんな話も、あの日、したんだろう。