オフィス・ラブ #∞【SS集】
部屋のキーをエントランスのセンサーにかざしながら、会いたいなどと軽率に言ったことを後悔した。

一から今の気分を説明するには、気力が不足しているし。

それ以外の話をできるほど、今の自分には余裕がない。


吐き出す方法なんて、ひとつしか知らなくて。

結局は、そのためだけに呼んだと思われても仕方がなかった。


モニタ用のカメラがあることを承知のうえで、エレベータに乗りこむなりキスをする。

柔らかい肌触りのカーディガンを肩から脱がすと、彼女が下着をつけていないことがわかり、ちょっと、と頭をはたかれた。

本当に、とるものもとりあえず、飛んで来てくれたんだ。



「可愛い元恋人と、何かあったの」



そんなことを言われたのに、驚いた。

自分は、そんなことまで話したのか。



「この間と、同じ顔してるわよ」

「…そうなんだ?」



まだ忘れたままなのね、とあきれたようにため息をつく。

まったく飾り気のないその姿は、かえって彼女の芯の強さと寛容さを強調しているようで。

ああ、もしかして、と思った。


もしかしたら、あの日も。

自分はこんなふうに、彼女に甘えさせてもらったのかもしれない。



寝室のベッドに倒れこみ、慌ただしく服を脱がせて抱きしめる。

少し落ち着いたら、という彼女のあきれ声は、聞こえないふりをした。


あやすように首を抱いてくれる彼女のぬくもりは、深い息が漏れるほど、大森を安心させてくれたけれど。

やっぱり記憶はよみがえらず、何もかもが初めての感覚だった。



「まだ思い出さないの?」

「うん、ごめん」

「何が、ごめんなの」

「どこが気持ちいいか、覚えてない」


< 195 / 206 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop