オフィス・ラブ #∞【SS集】
彼女のマンションは本当にすぐ近くで、一本隣の路地だった。



「また連絡してもいいかな」

「ううん、もう会わないから、やめて」



別れ際、マンションの前で、軽いキスの後に挨拶のようなつもりで尋ねた大森に、彼女は微笑んで首を振った。

えっ、と一瞬、言葉に詰まる。



「どうして?」

「淳一のこと、好きになりそうだから」



胸の前でカーディガンをかきあわせるように腕を組んだなつきが、にこ、と笑う。



「前の子のこと考えながら抱かれるのは、もう、さすがにつらい」



その言葉は深く深く大森の心に突き刺さり、ごめん、という声は、喉に貼りついて音にならなかった。

エントランスの明かりで逆光になったなつきが、なんでもないことのように、肩をすくめて言う。



「ごめんね、私から近づいたのに」



おやすみなさい、と言い残して、乾きかけの長い髪を揺らし、四角いマンションへと入っていく。


僕こそごめん、と。

呼びとめたかったけれど、なんて声をかけたらいいのか、わからなかった。


ごめん。


代わりにしたつもりは、ないんだ。

なつきの、なつき自身の、明るさとか優しさとか、そんなものに、確かに惹かれて。

考えられないくらい助けられて。

それは本当なんだよ、信じてほしい。


ちょっと待って。

ちゃんと謝らせて。

違うんだよ、ふっきってないとか、そういうことじゃないんだ。

俺なりに納得した、終わりだったんだ。


ただ、どうやったって、重ねた月日のぶん、思い出すことはあって。

喪失感も、それなりにあって。

そこはまだ、埋まりきってなくて。


だけど、それだけなんだ。

それだけなんだよ。


ねえ。



――――潤!




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