オフィス・ラブ #∞【SS集】
あなた、淳一っていうの。
「淳でいいよ、みんなそう呼ぶから」
渡した名刺をバーの抑えたライトにかざしながら、それは無理、と彼女が楽しそうに笑った。
「なんで?」
「ジュンは、私の名前だから」
へえ、と偶然に驚く。
それじゃ確かに、淳と呼んでもらうことはできない。
「6月生まれだから、そうつけられたの」
「JUNEか、おしゃれだね。字は?」
「『うるおす』」
潤、か。
合ってるな、と思った。
可愛らしくて、だけど媚びてなくて、歯切れがよくて、どこか透明で。
「先月だったんだ、誕生日」
「そう、ついに30歳になっちゃった」
うんざりしたようにため息をつく潤に、つい笑う。
いいじゃないか、全然そんなふうに見えないし、見えたところで、年齢なんて誰にでも平等に訪れるものだ。
要はその年月を、どう生きてきたかだ。
「彼氏は、いるの?」
「いなくなったの」
カウンターにほおづえをついて、目を伏せる横顔を眺める。
こちらに見えているのは、明るいほうの瞳で、虹彩が透けて向こうが見えそうだ。
自分の瞳が真っ黒なので、大森は珍しい思いでそれをしげしげと眺めた。
「逃げられたの?」
「私が逃げちゃったの。結婚しようって言われて」
ウイスキーが喉に入りこんで、むせそうになった。
どこかで聞いた話じゃないか。