オフィス・ラブ #∞【SS集】
「…結婚するのが、嫌だったの?」
「ううん、つきあった時点で、お互いもういい歳だったし、当然考えてたんだけど」
「だけど?」
我ながら突っこみすぎだと思いながらも、つい訊くのをやめられずにいると。
潤が考えこむように、バーテンの背後に並んだリキュールのボトルに目を走らせた。
「いざ目の前にそれが来たら、慌てちゃって。なんだか、逃げたくなっちゃって」
「…それは、どうしてかな」
あなた、カウンセラー? とあきれたように笑いながら、彼女が続ける。
「わからないけど。でも、一瞬でも逃げたいと思った時点で、この人はもう、違うんじゃないかって」
そう、思っちゃったの。
「思い出したの?」
「うん…」
名前を呼ばれて、びっくりしたように振り向いた潤が、ゆっくりと戻ってきてくれる。
思い出した。
ついでに、なんで忘れていたのかも、わかった。
痛すぎたからだ。
重なりすぎて。
「泣かないでよ、男のくせに」
「泣いてないよ」
あきれたように言われ、若干むっとして答えると、あら失礼、と潤がおかしそうに笑う。
「この間は、ほんとに泣いてたのよ。彼女の話、しながら」
「…そうだっけ」
そのあたりは、まだ記憶があいまいだけど。
言われてみれば、確かにそんな気もする。