オフィス・ラブ #∞【SS集】
「男の人が泣くのなんて、初めて見たから。かわいそうになって、家までついてってあげたの」
「男だって、泣くよ。人には見せないってだけで」
はいはい、とあやすように頬をなでられ、どっちが年長なんだか、と憮然とした気分になった。
少し、思い出してきた。
潤は、ちょうどジューンブライドだからと、6月の、それも20代のうちにと入籍を予定していたのだ。
両親にも挨拶をして、彼から指輪ももらって、あとは結婚式の用意だけだね、なんて言っていたところで。
潤が逃げた。
まるで、彩のように。
一緒に暮らそう、と言った時。
彩から、うん、という以外の返事があるなんて、考えてもいなかった。
けれど彼女は、あの大きな丸い目を、さらに大きく見開いて。
考えさせて。
硬い声で、そう言った。
急かしすぎたんだと知った。
自分は、性急すぎたんだと。
可愛いな、気が合うな、と思っていたところに、彩のほうから、好きなの、と言ってもらえて。
2年の間、かなりの時間を共有した。
もう十分だと自分は思っていたけど、彩にとってはたぶん、そうじゃなく。
かわいそうなことをしたと反省した。
取り消せるものなら、取り消したい。
けどそうはいかないから、いつまでだって待つと伝えた。
彩は今にも泣きそうに、破裂しそうに潤んだ目で、それでも涙を我慢しながら。
それじゃ、あたしがつらいの、と震える声で言った。
勝手な彩。
でもその正直さが大森にはまぶしく、鮮やかで、絶対にそのままでいてほしいといつも願っていた。
彩は、わがままで、それを自分でもわかっている。
それでもなお、わがままであろうとするそのふてぶてしさと甘ったれが、どうにも愛しく、ほれぼれするほど痛快で。
そんな彼女を、愛した。