オフィス・ラブ #∞【SS集】
だけどもう、自分たちは、ダメだろう。

仕方ない。

そういうことは、ある。


長く生きているぶん、物わかりはいいつもりだから、もう行くよ。

だけど、これだけは確認させて?


楽しかったね。





「泣いてるじゃない」

「ちょっと、思い出しただけだよ」



こんなの泣いたうちに入らないじゃないか、とふてくされつつ言い訳すると、にじんだ涙を潤が指で拭ってくれる。

確か前回だって、こんなていどの涙だったはずで。

そんな、かわいそうなんて言われるような、大げさなことじゃ、なかったはずだ。

たぶん。


頬から離れていこうとする潤の手を、逃がさないようつかむと、彼女が問いかけるように眉を上げる。



「また、会ってくれる?」

「あなたが、ふっきれたらね」

「ふっきれてるんだよ」

「思い出して、泣くくせに?」



泣いてないし、それとこれとは別なんだと、どう言えばわかってもらえるだろう。


まだ想いが残ってるわけじゃ、ないんだよ。

けど確かに、すべてを捧げるつもりだったひとつの恋が終わったのは、悲しくて。

それをすごく残念に思ってるだけなんだ。


特に今日は、向こうの新しい恋を目の当たりにしちゃって。

さすがにちょっと動揺して、さみしくなったりもしたけれど。

だけど、限りなく、安心もしたんだよ。


俺は彼女より、だいぶ年上だから、終わった後も少し、してあげたいことが残ってて。

そういうわけなんだ。


けど、そんな思いを今、上手に説明できる気はしなかった。



「とりあえず、また会って。話はそれから」



我ながら自分勝手とあきれながら、けど、もはや開き直りつつ。

承諾してくれるまで離さないつもりで、白くて細い手をぎゅっと握ると。


ぽかんと大森を見あげていた潤は、やがて、大きなため息をひとつついて。



「あなた、とても38歳とは、思えない」



うんざりしたように言った。




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