オフィス・ラブ #∞【SS集】
「秀二」
そう呼んでくれる声が、好きだった。
高くもなく、低くもなく。
いや、どっちかっていえば、低いかな?
甘えてないけど、可愛い。
冷たくはないけど、すがすがしい。
「親がね、連れてこいって」
「えっ」
つい腰が引けると、じろっとにらまれる。
しょうがないじゃん、女にはわかんないんだよ、この気持ち。
「お父さん、何してる人だっけ」
「地銀の、そこそこ偉い人かな。お父さんより、お兄ちゃんだよ、鬼門は」
「…お兄さん、公務員だよね」
県庁、と恵利がうなずく。
ずっと顎の下くらいだった髪を、最近伸ばしはじめて、大人っぽくて可愛い。
俺も恵利も、この5月に就職が決まったところで。
あとはのんびりと大学最後の年を過ごしながら、年明けの卒論の準備をすればいいだけだった。
新しくできたほうの校舎まで、わざわざ足を伸ばして、学食でゼミまでの時間をつぶす。
恵利が言うには、ここのコーヒーのほうがおいしいらしい。
残念ながら、俺にはあんまり違いがわからないんだけど。