オフィス・ラブ #∞【SS集】
「この配信、他店なんだよなあ」
新庄さんが入れこんでいるのは、もちろん彼の車のメーカーがスポンサードしているチームで。
そのメーカー自体のプロモーションは、うちの代理店でも取り扱いがある。
けれど、こうしたモータースポーツの分野は、完全に他店に独占されている状況らしい。
うちが持っていたとしたら、新庄さんはどんな手を使ってでもパドックパスなりを手に入れて、国内外問わず、観戦に行っているだろう。
車載カメラからの、緊迫感のある映像が、大音量で流れている。
モータースポーツ観戦の鍵は、音だと、新庄さんは言う。
まったく同感だし、太いエキゾーストノートは、私もむしろ大好きだ。
映像の中は、時差のため夜で、進路はほとんど見えない。
揺れと頻繁なスキール音で、コースの半端でない複雑さが感じとれるくらいだ。
こんな中で、トップスピードは時速200kmをゆうに超えるというんだから、どうやって走るんだろうと思うけれど。
「そりゃ、コースを覚えてるに決まってるだろ」
「こんな状況でも走れるくらい、ですか」
「当然だ。見えてても危ないコースだぜ」
なんでこういう時って、当人でもないのに、ファンが偉そうになるんだろう。
梅雨の真っただ中である今。
朝にも少し降ったおかげで、外は湿気がたちこめて、ただでさえ息の詰まる真夏日をさらに暑苦しくしている。
軽く冷房を入れてはいるけれど、しょっちゅう新庄さんが煙草を吸いにベランダを出入りするので、あまり意味がない。
一度、暑いです、と文句を言ったら、夏だしな、と返ってきて、もうあきらめた。
「うまいな」
「え?」
これ、と食べていた丼ものを指して言う。