オフィス・ラブ #∞【SS集】
『実際、言ってるとおりなのよ。食べて、嫌いだと思っても、次食べる時までに、それを忘れちゃうらしいの』
何、その慢性メモリ不足みたいな脳?
私の言いたいことがわかったんだろう、絵里さんが喉を鳴らして笑う気配がする。
『私の経験では、生のオニオン、香草、熟しすぎた桃、あたりだったかなあ』
「今日、セロリって言われたんです」
ああ、あったあった、と絵里さんが言う。
『外なら、出されたら残さず食べるんだけど。家だと頑として食べないわね』
でも、数はそんなにないはず、との言葉にはげまされて、通話を終える。
なんだか、あぜんとした。
好きなものも、食べたらおいしいと思うけれど、次に食べる時までそれを忘れてるってこと?
どれだけ、食に関心が薄いんだろう。
毎回、こうやって探って、こっちが記憶しておかなきゃならないってことか。
普通に好き嫌いの多い人より、ある意味めんどくさい。
まあ、とりあえず、私の料理は「外」ではなく「家」と認識されていることは、わかった。
いいのか悪いのか、知らないけど。
「なんだった」
新庄さんが、煙草の匂いをまとって、部屋に戻ってきた。
一服したおかげか、少し、機嫌が直っている様子だ。
聞いた用件を伝えると、嫌そうに眉をしかめて、腰を下ろす。
「あまり帰られないんですか」
「いつでも帰れると思うと、な」
近いと、逆に足が遠のくのか。
わからないでもない。