オフィス・ラブ #∞【SS集】

寄りそわなきゃ「人」という字には、ならないわけで。

私たちは、平行線だった。


衝突しない代わりに、交わりもしない。





その年が記録的な冷夏だったことを、今でも鮮明に覚えている。


学生時代の男友達に誘われた飲み会で、彼に出会った。

見た瞬間に、雰囲気のある男の子だな、とは思ったけれど。


人見知りなのか、友人以外とはあまり喋らなくて。

その場では、たいして仲良くもならなかった。


けれど、妙に好奇心をそそる子だったので、私は連絡先を聞いた。

あっさりと教えてくれたことに、脈を感じなくもなかったけれど。

その時は、彼女がいると話していたので、まあいずれ、という気持ちでいた。


貴志は、不思議な男だった。


手が早いようには見えないけど、無数の女の影を感じる。

無口というほどでもないのに、何も話してくれない、と思わせる時があり。

社交的なのか、内向的なのか、判断がつきがたい。

人懐こい、と思うこともあれば、絶望的なまでに壁を感じさせる時もあって。

広告代理店勤務、というイメージからくる派手さや軽薄さはどこにもなく。

かといって、堅くもない。


総合すると、つかみどころがない、という結論になりそうなものだけど。

そういう印象でもない。


むしろ、実体を強烈に感じさせる。


初めて会った翌週に、私から呼び出して。

そのまた翌週には、明確な意図を持って、私は彼に近づき。

ひと月もたたないうちに、女と別れさせて、私たちは関係を持った。

< 60 / 206 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop