オフィス・ラブ #∞【SS集】
寄りそわなきゃ「人」という字には、ならないわけで。
私たちは、平行線だった。
衝突しない代わりに、交わりもしない。
その年が記録的な冷夏だったことを、今でも鮮明に覚えている。
学生時代の男友達に誘われた飲み会で、彼に出会った。
見た瞬間に、雰囲気のある男の子だな、とは思ったけれど。
人見知りなのか、友人以外とはあまり喋らなくて。
その場では、たいして仲良くもならなかった。
けれど、妙に好奇心をそそる子だったので、私は連絡先を聞いた。
あっさりと教えてくれたことに、脈を感じなくもなかったけれど。
その時は、彼女がいると話していたので、まあいずれ、という気持ちでいた。
貴志は、不思議な男だった。
手が早いようには見えないけど、無数の女の影を感じる。
無口というほどでもないのに、何も話してくれない、と思わせる時があり。
社交的なのか、内向的なのか、判断がつきがたい。
人懐こい、と思うこともあれば、絶望的なまでに壁を感じさせる時もあって。
広告代理店勤務、というイメージからくる派手さや軽薄さはどこにもなく。
かといって、堅くもない。
総合すると、つかみどころがない、という結論になりそうなものだけど。
そういう印象でもない。
むしろ、実体を強烈に感じさせる。
初めて会った翌週に、私から呼び出して。
そのまた翌週には、明確な意図を持って、私は彼に近づき。
ひと月もたたないうちに、女と別れさせて、私たちは関係を持った。