オフィス・ラブ #∞【SS集】
「難しかった?」
「途中で、もう無理だなと思ったのよね」
一緒にいる時間を増やすために始めた、ひとつ屋根の下での暮らしは。
ふたりのすれ違いを、いっそう強調しただけという、皮肉な結果に終わった。
空いている日は、愛してくれる。
だけど次第に、それがただの罪滅ぼしのように思えてきて。
そんな卑屈な自分にも嫌気が差して。
純粋に、寂しくもあって。
「それでも、一度もケンカをしなかったの、私たち」
「マジで」
本当に、ただの一度も経験がない。
意見の食い違いはあっても、それが争いに発展することは、なかった。
当初は、独立した、似た者同士だからだ、なんて思って、むしろそれに満足していたのだけれど。
今となってみたら、勘違いもはなはだしい。
「私もいい歳だったし、何か不安定だったのかもねえ」
「そんなもんかあ」
私の致命的な誤算は、自分の自立心を過信していたことで。
ひとりで歩くのが好きだとばかり思っていた私は、孤独にさいなまれているうちに、自分の依存体質に気がついた。
貴志以前にも、私は、自分が世話をしてあげられるタイプの相手を選んできて。
それを、母性本能だと思っていたんだけれど。
結局は、そうやって自分の居場所を確保していただけだったことを。
その頃、ようやく自覚したのだ。
私と貴志は、お互いが自立した個人であることを心地よく、自分にとって魅力的だと考えていたので。
今さら、その関係を変えることは、できなかった。