鬼課長の憂鬱
プロローグ
 ある秋の日の夕暮れ時、少年は河原の土手に座り、見るともなく下の方を眺めていた。そこには児童公園があり、小学校低学年と思われる子ども達が遊んでいた。


(あっ。何やってんだよ、あいつら……)


 少年は立ち上がると、全速力で土手を駆け下りて行った。

 少年は見たのだ。一人の小さな女の子が、数人の男の子に虐められているのを。男の子達は女の子の赤い靴を、まるでキャッチボールをするかのように投げ合い、女の子は、その靴を追って男の子の間を一生懸命……歩いていた。

 女の子は片足を引きずっており、走る事が出来ないのだ。


「コラーッ。おまえら、何やってんだよ!」


 中学の制服を来た少年の出現に、男の子達は驚き、女の子の靴を投げ捨てると、一目散に逃げて行った。


「おまえら、もう弱いものいじめすんなよ!」


 少年は叫んだが、男の子達の耳に届いたかはわからない。

 少年は小さな赤い靴を拾い上げ、立ちすくむ少女の前へ行き、下に置いた。


「おにいちゃん、ありがとう」


 少女はそう言い、あどけない顔で少年を見上げた。少女は気丈にも、泣いていなかった。


 その後は幾度となく少年と少女はその場所で出会い、他愛のないおしゃべりをしたり、ジュースを飲んだりした。少年は家に帰りたくない事情があり、それは少女も同じだった。


 ある日、少女は少年に言った。


「きょうね、がっこうでしょうらいのゆめをかいたの」

「へえー。何て書いたんだ?」

「およめさん」

「ふーん。いいんじゃないか?」

「おにいちゃんのゆめは?」

「俺か? コンピュータのSE。って言ってもわかんねよな?」


 少女は首を傾げ、少年を見つめていた。


 数日後、少女は少年に聞いた。


「びっこだと、およめさんになれないの?」と。

「そんな事、誰が言ったんだよ?」

「がっこうの子」

「そんな事、あるもんか。もしもの時は、おれの嫁さんにしてやるよ」


 少女は少年の言葉に、ニッコリと微笑んだ。少女は少年の言葉をすべて理解したわけではないが、その言葉だけは、少女の小さな胸に、深く深く刻み込まれた。


 やがて少女の家は引っ越し、二人が出会う事はなくなった。そしていつしか少年の記憶からも、少女は消えてしまうのだった。

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