鬼課長の憂鬱
 俺達は車を降り、その家の玄関へ近付いていった。


「綺麗になってる……」


 横を歩く詩織が、そんな感嘆の声を漏らした。


「ん?」

「前は荒れ放題だったのに……」


 家自体はかなり古そうだが、きちんと掃除が行き届いている感じがした。詩織はそれを不思議がっているが、俺にはむしろ普通に見え、逆に荒れた状態を想像出来なかった。


 俺は詩織に目で確認してから、“古谷”と書かれた表札の横にある、ドアチャイムのボタンを押した。緊張して待つと、すぐにドアが手前に開き、女性が顔を出した。


「どちらさまですか?」


 詩織が言っていた通り、現れた女性は外人だった。おそらく東南アジアの人だと思う。よくわからないが、年齢は50歳前後といったところか。流暢な日本語ではあったが、少し発音がおかしかった。


「私は速水と言います。こちらは高宮です。えっと……ご主人はいらっしゃいますか?」


 詩織の父親をどう呼べば適切かわからなかったが、そんな呼び方が一番無難かなと思って言ってみた。


「省三のお友達ですか?」


 “省三”って、詩織の父親の事だろうか。そう言えば、俺は詩織から父親の名前を聞くのを忘れていた。それに、もちろん俺達は友達ではないわけで、どう答えようかと考えていたら、


「はい、そうです」


 と詩織が答えた。父親の名は省三で間違いなく、初対面のこの人に、いきなり娘だと言うのもどうかと思ったのだろう。


「おー、よく来てくれました。どうぞ、どうぞ……」


 俺はてっきり省三さんを呼んでくれるものと思ったが、その女性に笑顔で迎え入れられてしまった。やはり文化というか習慣というか、日本人とは少し違うなと俺は思った。

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